麻布十番の妖遊戯
 たまこは大きく深呼吸をすると、氷が溶けきってオレンジジュースと水に分離し薄くなったジュースを綺麗に飲み干した。

 太郎が新しく冷たいオレンジジュースを出してやる。
 たまこがいつもしているように、己の飲み干した空のグラスを持ち上げた。台所に持って行こうとしたのだ。空いた食器を片付けるのはもうずっとたまこの仕事であった。

 いつもするようにたまこが取ろうとする。それを太郎が手で制した。
 太郎自身で空いたグラスを取り、代わりに新しいグラスを置いてやる。

 たまこは伸ばした腕を落とし、広げた手をぐっと閉じる。そして、
 私はもうこの仕事ができないんだ。そう思うと心が痛くなった。

 目の前に出されたオレンジジュースがこの世で飲む最後の飲み物だと思うと、たまこはなぜだか無性に悲しくなった。

「お飲みなさい」

 そんな気持ちを察した昭子が、真っ白い人差し指をグラスに向けて数度振る。

 たまこは小さく頷き、冷たいオレンジジュースを半分ほど飲み干した。
 また、続ける。
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