恋の仕方を教えてくれますか?
食堂に入ると、入り口付近の二人掛け席でスマートフォンをいじる麻里恵を発見する。

「麻里恵」

声をかけると麻里恵は顔を上げた。
私だと気付くと、スマートフォンをポケットにしまい、申し訳なさそうな顔を私に向けた。

「ごめんね麻乃!」

顔の前で両掌を合わせながら麻里恵は私に謝罪する。

「もう、勘弁してよ。榊さんとエレベーターで二人きりだったんだから!」

「え?ここまでずっと!?」

そう麻里恵に問われ、私は口をつぐむ。

榊さんと一緒にこの階までやって来たのに、榊さんはエレベーターを降りずそのまま、また下へ行ってしまったこと、榊さんの横を通り過ぎた時に榊さんから言われたこと…それを麻里恵に言うべきなのか迷ってしまった。

「いや、途中で降りちゃったけどさ」

やましいことがあるわけでもないのに、あの空間でのあのわずかな時間に、なんだかイケナイことをしたみたいな感覚になってしまい咄嗟に嘘をつく。

だってまだ、私ははっきり覚えている。榊さんの眼、声、指、香り…。

「なんか喋った?っていうか私の嫌味通じたかな」

麻里恵はにたりと笑いながらきんちゃく袋から弁当とおにぎりを取り出した。

やっぱりあれは榊さんに対する嫌味だったのか。

「挨拶だけだよ、何も喋ってない」

また嘘を重ねる。

「そうだよね。ああやって偉くなるとうちらみたいな下々の社員なんて眼中にないんだろうね」

「それはわからないけどね。でも話かけにくいよね。」
現に昔は、話かけるだけでも自分にカツを入れてたもんね…。

私もお弁当を机の上に広げる。

「麻乃なんて新人の頃榊さんにしょっちゅういびられてたもんね!私、あの頃からどうも苦手なんだよね~!」

「あはは。あれはいびられてたというか、私が単に仕事が出来ないってだけだよ」

「そうかなぁ?麻乃は私なんかより全然仕事が出来てたのに…!あー、榊さんって優しければ最高にイケメンなんだけどなぁ!性格がよろしくない!」

「ちょっと、もう少し声小さく!」

麻里恵はハッとして、少しおどけてみせた。

でも、そう言われて榊さんの性格を思い出してみる。確かに怒ると怖いし褒められたことなんて一度もない。言い訳なんて絶対に通用しないし、少しでも曖昧な態度をとると「はっきり喋ってください」と叱られる。でも性格は…うーん、確かによろしくないのかもしれない。

「そういえば好きな人できた?」

おっと、久々にきたねこの質問。だけど答えはいつも一緒。私の場合決まってるの。

「出来ないよ。それより麻里恵はどうなの?人事部の彼とは…?」

こう返すと麻里恵はいつも嬉しそうに彼のことを私に話してくれる。その時の麻里恵はいつもきらきらしていて、可愛くて本当に彼の事が好きなんだなって伝わって来る。

恋ってそんなに楽しいのかな?
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