恋の仕方を教えてくれますか?
げっ。

もしかして声に出てるんじゃないかってくらい、心の底からそう思った。
なんでよりにもよって榊さんとここで鉢合わせるの!?

やっぱり私も階段で行こうと決意するにはもう遅い。榊さんがエレベーターに乗り込んできている。ここで出ていくのは逆に不自然だし、意識してるって思われちゃう…。

意識は…してるけど。

誰か、誰か来て…!二人っきりにはなりたくない…!

そう願ってエレベーターの扉が閉まるまで待ってみたけれど空しくも今日に限って誰も乗る人はいなかった。

だいたい榊さん、上行きのエレベーターなんて乗ってどこに行くの?上には食堂しかありませんよ…!

私はどぎまぎしながら榊さんの背後に佇んだ。

しばらくしても、エレベーターが一向に動きださない。
沈黙。初めて意識する榊さんの香り。柔軟剤のいい匂い。

ふいに振り向いた榊さんと視線が交差する。

「及川さんも食堂でよかったですか?」

「えっ?あっ…!」

その言葉で、私は行先ボタンを押していないことに気付いた。

「っ…食堂で大丈夫です。」

うう、恥ずかしい…!顏が熱い!

消え入りそうな声で答えると、榊さんのすらりとした長い指が目的階のボタンをそっと押した。

食堂までの時間、誰も乗って来ることはなかった。
エレベーターが開くと、食道からの喧騒が一気にここまで飛び込んできた。それと同時にご飯のいい匂いが鼻をつく。

榊さんは開ボタンを押したまま、「お先にどうぞ」と私を食堂に促した。

「ありがとうございます!」

好意に甘えながらも足早にこの場から立ち去ろうとして、榊さんの前を横切る。そのとき私は、無意識に息を止めてしまった。

「…髪、伸ばしているんですね。」

「えっ?」

不意に聞こえた言葉に振り向くと、扉はもう閉まりかけていて、榊さんは私に向かって軽く手をかざしていた。

エレベーターから降りなかった榊さんの表情が、朝礼の時よりも穏やかで、優しく感じたのは私の気のせいですか?

エレベーターの下降ランプが点灯した。


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