君が夢から覚めるまで
明日は高校の卒業式。
3年間通った学校も明日で最後。
そして、香帆の授業も明日が最後。
何でも終わってしまうと、あっと言う間だ。
「あ〜明日で最後ってのも感慨深いな〜」
「なに浸ってんのよ。合格しなかったらそんな悠長な事言ってらんないでしょ」
洗い物をしながら母が言う。
「もし浪人したら、また香帆ちゃん先生に来てもらおっかな〜」
「はあ?何バカな事言ってんの。香帆先生はもう来ないわよ」
「何で?まだ明日があるじゃん」
「明日?先週が最後だったでしょ?」
「え…?」
怜は母の方を振り向く。
「あら、あんた聞いてなかったの?なんか突然辞めることになったらしいわよ」
「何で⁉︎最後まで見てくれるって話だったじゃん‼︎」
「仕方ないでしょ…理由はよく知らないけど」
聞いてない、聞いてない、聞いてない…。
部屋に戻り慌てて香帆に電話する。
コールはするが、出ない。
バイト中だろうか…。
もう二度と会えないのでは…?
考えれば考えるほど不安になってくる。
とても勉強する気分じゃなかった。
香帆からは…折り返しの電話も、メールすら無かった。
卒業式…。
感慨深いなんて言っていたが、香帆の事ばかり考えてしまって、高校3年間の思い出に浸る余裕はなかった。
「怜」
呼ばれて振り向くと桃華が立っていた。
「卒業おめでとう」
「ありがとう」
一つ下の桃華は卒業まであと一年ある。
心の傷を背負って…香帆の言葉が頭をよぎる。
「桃華…その…色々悪かったな…」
「何のこと?」
桃華は薄っすらと笑いながら頭を傾げた。
「前にも言ったが、お前の事が嫌いになったわけじゃないんだ。ただ俺が…」
「好きな人が出来たから。だからお前は悪くないって言いたいんでしょ?なに自分一人だけ悪者になったつもりでいるの?」
ふんっと鼻で笑う。
「あの先生…私が家庭教師辞めさせた…って言っても?」
「どう、ゆう…ことだ…?」
桃華の言葉に耳を疑う。
「そのままよ。教師が生徒をたぶらかしてるって電話したの。所詮バイトね、速攻クビになってやんの。キャハハハ…」
「お前、なんて事してくれたんだよっ‼︎」
桃華の襟を掴み睨んだ。
「本当の事じゃない!二人で出かけて手ェなんか繋いじゃったり、抱き合っちゃったりして‼︎教師と生徒でしょ?許されると思ってんの?私なにか間違ってる事言った?」
桃華が香帆に怪我をさせたと聞いた時点で、二人でいるところを見られていたのではないかと思っていたがやはり…。
それより何より、香帆から家庭教師のバイトを取り上げたのは…その原因を作ったのは紛れもなく自分だ…。
自分以外にも生徒はいたはずだ。
それすら無くしてしまったなんて…。
本当に…本当に、もう二度と会えないかもしれない…会わす顔がない…。
今の自分に出来る事…それは無事大学を合格する事。
その為にこの一年、香帆と二人三脚で頑張って来たのだ。
香帆のこの一年を無駄にさせない為にも…。
自分が原因でバイトを辞めさせられても、決して無駄じゃなかったと言わせる為にも…香帆が今、一番望んでる事…大学合格…それを目指すのみだ。
残された時間は僅か。
怜はがむしゃらになって勉強した。
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