時には優しく…微笑みを
「あれ?朋香、残業?」

「あ、七海。うん、ちょっとね」

休憩スペースで、コーヒーを飲んでいたら、七海に声をかけられた。

「そっか。じゃ、あんまり無理しないでね」

「うん、お疲れ」

七海を見送った私は、残っていたコーヒーを一気に飲んでデスクに戻った。

帰り際に、明日必要なんだ、と言われて見積もりと資料作成を頼まれてしまった。
営業の人達は、いつも私に急ぎの仕事に関しては、お願いをしてくる。
頼られると、嫌と言えない私。
そして、後で後悔している。全部引き受けるんじゃなかったって。
でも、やりきった後に、そう、さっきみたいに、菅野課長のように『ありがとう』と言われると、やってよかったなと、幸せな気分になる。
自分自身やりがいのある仕事だと、思っていた。

「櫻井さん、まだ頑張るの?」

「え?あ、はい。あと少しなんで、やってから帰ります。お疲れ様です」

「遅くならない内に帰りなよ?じゃ、お疲れ様」

何人か残っていた人達が、帰っていった。
そした、営業部に私だけが残っていた。

「…ふー、終わった」

時計を見たら、ちょうど8時になった所だった。
肩が凝っていたのもあり、肩を叩きながら片付けをしていると、営業部のドアが開いた。

「ん、まだいたのか?」

「あ、菅野課長。おかえりなさい。直帰じゃなかったんですか?」

昼から出て行っていた菅野課長だった。ホワイトボードには、直帰となっていたから、てっきり帰ったものだと思っていた。

「あぁ、そのつもりだったんだがな。忘れ物した事を思い出したから、戻ってきたんだ。櫻井は残業か?」

「そうだったんですね、私は明日必要だと言われたんで、書類作成してたんです。今終わったんで帰ろうかと」

「書類?」

書類と聞いた菅野課長の眉がピクッとなった。

「はい。見積もりと資料ですけど…」

「誰に頼まれた?」

「え?田中さんと中岡さんですけど」

「チッ」

え?
今、舌打ちしなかった?課長…

「あいつら、またお前に頼んだのか」

「あ、はい」

「ったく、…」

なんか、機嫌悪そうだな。
早めに帰ろう…

「じ、じゃあ。菅野課長、私終わったんで帰りますね」

「待て…」

「え?何かありますか?」

「櫻井、これから用事あるか?」

「ないですけど、何か書類作成ですか?大丈夫ですよ」

てっきり仕事を頼まれると思った私は、やる気満々で、パソコンのスイッチに手をかけた。

「じゃ、待ってろ。俺も帰るから、飯でも行こう」

「はいっ…え?えぇ?」

食事?
課長と?
何かの聞き間違いか…

「聞こえたのか?飯だ。準備して、そこで待っててくれ」


飯、ご飯、二人で!!
課長とご飯なんて、心臓に悪いかも。
私にとっては、イケメンはとりあえず論外で、課長はただの怖い上司にしかならない。私の指導係で、厳しく指導された事しか頭に浮かんでこない。
これが、七海だったら、喜んで!って行くんだろうけど、私は何をダメ出しされるんだろう、って内心ビクついていた。
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