月歌~GEKKA
翌日お店に行くと、売り場は綺麗に装飾されていた。
念の為に早めに出勤したのが無駄となった。
「店長、やる時はやるからね~」
杉野チーフが私の背後で呟く。
「え?これ、全部店長一人で?」
驚いて尋ねると
「幾ら俺が天才やからって、一人じゃ無理やねん」
杉野チーフと話していると店長が現れた。
「おはようございます」
私と杉野チーフが挨拶すると
「おはよう~」
と、関西なまりの挨拶が返って来る。
「という事は…」
杉野チーフが匂わせて質問すると
「俺には協力な助っ人がおんねん」
と、店長がにやりと笑って答えた。
「やっぱり…。身重の奥様に手伝わせたんですか?」
呆れた顔をした杉野チーフに
「ちゃうで!あいつは口を出しただけ。俺と山岸チーフで動いたんや」
「嫌々、あのツリーの並べ方や飾り、展示センスは絶対に奥様でしょう?」
杉野チーフが見破ったりっという顔で笑う。
「ちぇっ!これやから杉ちゃんは苦手や」
二人のやり取りに疑問の視線を投げていると
「ああ、柊さんは知らなかったわよね。
店長の奥様、元このお店の契約社員さんだったのよ。
とにかく、ディスプレイに関しては抜群のセンスでね~」
うっとりとクリスマス関連売り場を眺めている。
確かに、温かみがあって思わず立ち寄りたくなるディスプレイがしてある。
「店長の奥様にお会いしたかったです」
私が呟くと
「事務所におるで~。さっきまでこっちに居たから、入れ違いやったんやろうな」
満面の笑顔で答える店長に、思わずつられて笑ってしまう。
このお店に配属されてから、色々な売り場へ研修に行く度に店長がかなりの愛妻家だとは聞いていた。
すると、物凄い勢いで階段を駆け上る足音が聞こえて来る。
「来た来た」
店長と杉野チーフが顔を見合わせて笑っていると
「ああ!俺達が帰った後、やっぱり園田さんがディスプレイしたんですね!
ちくしょう!やっぱり帰らなきゃ良かった!!!」
森野さんは売り場を見るなり叫んだ。
「森野君はね、店長の奥様のディスプレイが大好きなの。
店長の奥様とは売り場が一緒にならなかったから、クリスマス時期だけお手伝いに来てくれると
その度に色々質問しまくってたわね」
クスクスと笑う杉野チーフに
「余計な事を教えなくて良いですから!」
って子供みたいに口を尖らせて文句を言った後、森野さんは子供のようにキラキラした目で売り場を見ている。
「やっぱすげぇな、園田さん。ちょっと手を加えただけで、田舎のスーパーがお洒落なショップになったくらいに違うもんな」
広い売り場を歩き回り、ツリーの飾り方のちょっとした違いや商品の陳列を見ては、まるで子供のようにはしゃいでいる。
「やっぱり惜しい人材ですよ。店長、何で手を出したんですか!」
「手ぇ出したて…人聞きの悪い事言わんといてや」
昨日のあの険悪なムードが嘘のように、和気あいあいとしている。
店長はこの通り終始穏やかで優しいから、独身時代はかなりモテていたと噂に聞いていた。
奥様になられた方は店長が一目惚れで好きになって、追い掛けて追い掛けてやっと結婚したと聞いている。
森野さんまで一目置く程の人ってどんな美人なんだろう…。
胸の奥がザワザワし始めた時
「亮君、もう帰って良いかな?」
大きなお腹を抱えた、恵比寿様のようにふくよかな方が現れた。
「由美~、危ないからここまで来なくてええのに~」
私の知らない、奥様に鼻の下を伸ばした店長がその人に走り寄る。
「大丈夫だよ。もう、安定期だし。亮君は心配しすぎ」
『あははは!』って豪快に笑うその人は、私を見るなり
「あ!あなたが有望な新人ちゃん?」
そう言って近づいて来た。
全体にふっくらしていて優しいオーラを纏ったその人は
「玩具売り場大変でしょう?特に森野君の下じゃね~」
と、本人に聞こえるようにわざと言っている。
「園田さん!」
怒って叫んだ森野さんに
「私、もう和田ですけど~」
って言いながら笑っている。
( この人…凄い…)
私は驚いて見ていた。
店長の奥さんが居るだけで、店内が明るくなったように感じる。
ひまわりのようなその人に店長が惹かれた理由が分かった気がする。
「色々大変だろうけど、みんなあなたに期待してるのよ。
森野君も口は悪いけど、あなたの事を真面目だって褒めてたし」
にっこり微笑んでそう言った。
私が驚いていると
「園田さん、余計な事を言うなら帰って下さい」
そう言い残して、森野さんは怒った顔でストック置き場へと歩き出してしまった。
「さて!帰れと言われたので帰りますか」
店長の奥様がそう言い出した時
「あの!」
私が必死に声を絞り出した。
「ありがとうございました。」
深々とお辞儀した私に、店長の奥様が驚いた顔をした。
「こんな素敵なディスプレイを見せて頂いて、勉強になりました」
私の言葉に、店長の奥様は笑顔を浮かべると
「あ~、残念。こんな可愛い新人さん。私が育てたかった~」
そう言って私を抱き締めた。
人に抱き締められるなんて何年振りだっただろう。
「色々あるだろうけど、頑張ってね。あなたは素敵な販売員になれるから」
何故か分からなかったけど涙が溢れそうになった。
「はい」
笑顔で答えた私に、店長の奥様は笑顔で答えてくれた。
「素敵な人でしょう?」
店長に連れられて帰って行く奥様を見送っていると杉野チーフが呟いた。
「はい」
返事をした私に
「私の目標なの。園田さんはいつも大きな心で私達を包んでくれた。
私はね、柊さんを甘やかしているんじゃないの。
あなたは絶対に、このお店にとって大切な人になるって思ってるんだ」
杉野チーフはそう言って微笑んだ。
この時はまだ、この後に来る凄まじい戦いが待っている事を私は知らなかった。
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