空をつかむ~あなたがどこまでも愛しくて
「仕事が終わるのは何時?」

「17時」

「わかった。じゃ、17時に美術館の玄関に迎えに来るよ」

「え?」

あまりに強引な話の展開に眉間に皺を寄せて彼の顔を見上げると、さっきまでの固い表情はあっけなく消え、再び少年のように微笑む彼の姿がそこにあった。

「じゃ、また後で」

吉丸さんは、腕時計に目をやり「いけね」と呟くと、私に手を振って足早に会場から出て行ってしまった。

なんなの、一体?

だけど、彼の姿が見えなくなっても体中のドキドキは止まらない。

そんな体を両腕で抱えるようにして、事務所に戻った。


「戻りました」

そう言いながらデスク前に座ると、植村さんがニヤニヤした顔で私を見ている。

「なんですか?」

「えー。誰かしら、さっきのイケメン」

まさか見られてた??

私が目を丸くして見返したからか、植村さんも慌てて首を横に振った。

「ずっと見てたわけじゃないのよ、さっき、トイレに行って戻ろうとしたら二人が仲よさそうに話してるのが見えたから。お友達?」

慌てた様子の植村さんがおかしくて思わず吹き出す。

「お友達じゃないです」

「あら、そうなの?じゃ、通りすがりのような人?」

通りすがり・・・・・・か。

「ええ、そんな感じです」

首をすくめて答えると、植村さんは「まぁいいわ」っていう顔をして頷いた。

そして、コーヒーカップを傾けながら、こめかみに人差し指を当てて呟くように続ける。

「それにしてもその通りすがりの彼、一般人じゃないみたいに素敵な人ね。どこかで見たことあるような・・・・・・」

「そうですか?」

そのうち腕を組みだして必死に思いだそうとしている植村さんがおかしくて思わず噴き出した。

「あら、何かおかしい?」

「だって植村さんの考え込む表情が」

「ひどい!人の真剣な顔みて笑うだなんて」

植村さんも笑いながら軽く私をにらんだ。


あの吉丸って彼が私にとってどういうポジションの人なのかまだわからない。

これからわかってくるんだろうか。

17時に長針が近づくたびに、私の胸はドキドキしていた。

本当に食事に行ける?あの日以来、男の人と二人で食事なんか行ったことがなかったから。

行きたいとも思ったことがなかったのに。

恋へのトラウマは、未だに私の体に張り付いて離れない。
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