わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
「受け入れるのが無理なら、一度清算するべきだと思うんです」

「……え?」

「ここできちんと別れるほうがいい」

一花は思考が止まってしまった。今だって付き合ってるという状態じゃないけど、これ以上に関係のない人になるということ?

返事をすることができない。ただ、呆然と榛瑠を見るだけだった。

彼の後方から西日が差し込みはじめていた。赤い日が壁にあたり榛瑠を彩っている。その顔からは温かみが消え、ただ、無表情に一花を見ていた。

ああ、私は間違えたんだ。これはもう、引き返せないんだ。

無表情な彼の横顔はたくさん見てきた。でも、その目を私に向けられたことはあっただろうか。

胸が痛かった。胸が痛い。でも、涙が出てこない。なぜかな、おかしいな。

日は傾いていく。斜めの光が榛瑠を照らし、陰影を作る。無表情のまま動きを止めた彼を見ながら、なんて綺麗なんだろうと思う。まるで彫刻のようだ。

胸の痛みをどこか遠くに感じながらそんなことをぼんやり思う。

その整った唇が動いた。

「可哀想ですが、お嬢様。あなたの知っている、あなたが愛した男は、……あなたのことを知りぬいて、あなたを愛していた男は、もうどこにもいないんです」

過去にその男はいた。そして、未来にその姿を探した。そうなんだね、私がそうして過去や未来に拘っている間に、私たちの今は終わっていたんだ。

そう思ったとき、一花の目から涙がひと筋落ちた。
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