二人の距離の縮め方~弁護士は家政婦に恋をする~
このマンションから商店街までは、女性の足でゆっくり歩いても五分程度。その気になれば二往復するのも訳ない距離なのだから、遠慮などしないでいいのに、学はいつだって芽衣に甘い。ハウスキーパーとしては失格なのかもしれないが、芽衣は彼のささやかな優しさに、どうしようもない喜びを感じてしまう。

「……あれ?」

メモをポケットにしまいながら、テーブルの上に何気なく視線を移すと、いつもは何も置いていない場所に、見慣れぬものがある事に気付いた。
それは、両手を広げると、ちょうど掌に乗るくらいの大きさで、可愛らしいピンク色のリボンでくくられている箱だった。おそらくプレゼントだろう。

誰の為の……?
胸中が急にざわめきはじめた。

自分の立場では、依頼主のプライベートに立ち入る事は決して許されない。頭ではちゃんと理解しているのに、視線はその箱から逸らす事ができなかった。
リボンの下にしのばせてあるメッセージカードは、「HAPPY BIRTHDAY」という丁寧な手書きの文字。それ以外は何も書かれていないから、誰が誰宛に用意した物なのかはわからない。

しかしそのラッピングは、あきらかに女性向けだ。学がもらったものと考えるよりは、彼がこれからどこかの女性に渡すものと考えた方が自然だった。
思わず手を伸ばし、その箱に触れようとして、寸前で思いとどまる。

「私、何がしたいんだろう……」

伸ばしかけた手を、ぎゅっと握りながら、自分の胸の方に引き寄せた。
学に、こういうプレゼントを送る相手がいるのは、むしろ当然だ。なのに自分は一体なぜ、こんなにも沈んでいるのだろう?

彼は自分とは全く違う世界に住んでいる人種だ。私生児で、貧乏で、頼れる身内すでにいないような人間とは、本来接点すらないはずの遠い存在。好きになっても、相手にされるはずもない。

一方的に憧れて、本人の知らない所で勝手に打ち拉がれて、同じ舞台に上がる事すらできないのに、泣き出しそうになっている自分が酷く惨めだった。
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