二人の距離の縮め方~弁護士は家政婦に恋をする~
「山奈さんは、きっといい奥さんになるんだろうね」

芽衣の行動を見て、学が何気なく口にした言葉は、鼓動に直接伝わってくる。

「お、奥さん……ですか?」

ドキリと心臓が音を立て、頬がどんどん赤くなっていく。深い意味はないはずの発言に、過剰に反応してしまう自分が恥ずかしい。恥ずかしいと思うと、余計に顔が赤くなって、どうにもならなくなり、思わず俯いた。

「私……、仕事はじめますね」

芽衣は気まずい雰囲気になる前に、キッチンへ逃げ込んだ。
勘違いしてはいけない。学は一般論を口にしただけだ。この程度の事がさらりと流せないようなら、家政婦として続けさせてもらえないだろう。

学に対しては、密かに好意を持っているが、それはあくまでも少し遠い憧れの存在としてだ。それ以上では断じてない。煩わしく思われ職を失う訳にはいかないし、今は恋愛にうつつを抜かす時間も無い。

芽衣の本業は、ハウスキーパーではなく学業だ。私立大学の二部、いわゆる夜学に通っている。昼間は働けるだけ働き、夜は大学で勉強。高校卒業の後、今の生活をはじめて、三年目を迎えていた。
両立は予想以上に大変で、バランスを保つには、一般的なアルバイトよりは稼ぐ事ができるこの仕事は失いたくはなかった。

芽衣は心を鎮める為に、しばらく無心でシンクを磨き続けた。学を見送り、キッチンの清掃がひと段落すると、静まり返った部屋を見回す。いつもと変わらず、程よく整頓されている広い家。

この後の予定は決まっていた。天気が良いのでシーツを洗い、風呂とトイレを掃除した後、部屋全体に掃除機をかける。お昼を挟んで、午後は学に頼まれている買い出しに行く。
 
先に買い物リストを確認しておこうと、ダイニングのテーブルに置かれたメモを手にした。

学はいつも徒歩で買い物に行く芽衣の、両手に収まる程度の内容しか依頼してこない。今日は、また一段と買い物が少ないと思ったら、最後にクリーニング店に立ち寄って、預けてあるスーツを引き取ってくるようにとの指示が記されている。
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