最愛宣言~クールな社長はウブな秘書を愛しすぎている~

 水面下に根を伸ばしていたその種が殻を突き破って芽を出したのは、定例の取締役会の時だった。

「シクラビルの製造を縮小するという話だが」

 口火を切ったのは塩田(しおた)専務。元は開発畑の人間だったけど、叩き上げでその地位まで上り詰めた人だ。

「ええ。その方向で考えていますが」
「私は反対だ」

 そうだろう、と部屋の隅で記録しながら、心の中でため息をつく。
 今現在の我が社の主力商品であるシクラビルは、塩田専務が中心となって開発されたものだ。専務はそれを誇りに思っているし、この会社は自分のおかげで発展したのだと思っている節がある。この反対は最初から想定済みだ。

「しかし、競合を見てもシクラビルは主にコスト面において後れを取っています。次の総会でご説明しようと思っていますが、このままでは売り上げは下がっていく一方で」
「だがまだ主要な取引は続いているんだろう?」
「ですから製造中止ではなく縮小です」

 表情には出さないけれど、東吾がうんざりしているのがわかる。このタイプには理論で話したって無意味だ。文句をつけられないほどの数字を用意してあるから、総会まで黙っていて欲しい、とうのが本音。

「最近、社長は開発研究部に足繁く通っていらっしゃるとか。化学者としての血が騒ぎますかな?」

 厭味ったらしく丁寧な言葉づかいで話すのは、川端(かわばた)副社長。この人は確か、上條の遠縁かなんかだったはず。

 三星シンセティックの全盛期は、前社長と副社長と専務の三人が作り上げたもの、という意識が強い。三人には固い結束があったし、温厚な前社長が二人をまとめて、いいバランスを保っていた。東吾の社長就任に一番反発をあらわにしていたのは、この二人だ。
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