こじれた恋のほどき方~肉食系上司の密かなる献身~
「そういえば、お子さんの風邪はもう平気なんですか?」

木崎課長は私といる時、気を遣って家族の話は一切しない。私もその話題にはあえて触れないけれど、珍しく子どものことを聞いたものだから、木崎課長は驚いて私を見た。

「あ、ああ。おかげさんでな。凜子、やっぱりなんか今夜は変だぞ。さっき食事をしていても、心ここに非ずといった感じだったし」

そう言いながら木崎課長はいつものように時間を確認すると、さっさとスーツに着替えだし、ふと、ジャケットを整える手を止めた。

「凜子。お前、まさか俺との関係をやめたいなんて言うんじゃないだろうな?」

木崎課長に鋭く言われると、ギクリとしてしまう。彼は優しいけれど、一度怒るとまったく話を聞いてくれなくなるような感情的な一面がある。

「……いえ」

本当はこんな関係をいつまでも続けていいはずがない。木崎課長が与えてくれるぬくもりに甘えているだけなのだ。どうしても断ち切れない自分に嫌気がさす。私が「別れたい」なんて言えば、きっと彼は「自分から告白してきたくせに」と怒り出すだろう。無駄な言い争いは避けたい。だから、私はそう答えるしかなかった。

「凜子。先に出るぞ、また連絡する」

「はい」

パタンと部屋が閉められると、またあの憂鬱な虚無感に襲われる。こうして木崎課長の背中を何度見送ったかわからない。

シュエスコに行こうかな……まだ十時だし。

平日の夜のほうが人も少ないし、ゆっくりできる。私はシャワーを浴びると今度はしっかり髪の毛を乾かし、服にも消臭スプレーをこれでもかというくらいに吹き付けた。
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