真実(まこと)の愛

ところが、その「跡取り息子」の恭介は、幼い頃からの夢だった「医者」になるべく、両親をはじめとする親戚一同の猛反対を押し切って医学部に進学してしまった。

父親は「学費は一切出さないからな」と凄んだが、恭介にはイギリス人だった亡き祖母からの遺産があった。

生前、自分と妹をこよなくかわいがってくれていた祖母は、孫の「夢」を知っていて遺していた。
そもそも、祖母自身が医者の家系だった。

そして、大学で医師養成過程を修めた恭介は、順調に医師国家試験に合格し、夢を果たした。

その後、恭介は出身大学に籍を置いて研究を続けながら、その附属病院に勤務していたのだが、三十歳を迎える直前、祖母の死後気落ちして患っていた祖父が他界した。

とうに名目だけの名誉会長に退いていた祖父であったが、親戚一同はこれを機に恭介を松波屋へ入社させることを画策した。

そこで恭介は、この「魔の手」から逃れるために、急遽イギリスにあるインペリアル・カレッジ・ロンドンで最新の「総合診療」を学ぶことにした。

イギリスではホームドクター(G P)制度が確立している。「かかりつけ医」として地域に根ざして一次医療を担うGPは、どんな症状にも対応することのできる「総合診療医」でないと務まらない。

かねてより「なんでも屋」的な幅広い医療知識が必要とされるその分野に興味を持ち、大学でもずっと研究してきた恭介にとって、その「本場」を体験するには絶好の機会である。

さらに、彼は病院で実際の患者に触れる臨床も経験したいと考えて、英国での医師登録するために、International Sponsorship Schemeへの準備に取りかかった。

日本ですでに総合診療専門医の資格は持っている。英語は母国語並みに話せた。
そして、幸いにも祖母方のcousin(親戚)で医師をしている二人が喜んで「推薦人」になってくれ、登録後に勤務するロンドン市内の診療所まで世話してくれた。

そうして、恭介は日本から脱兎のごとく飛び出し、his second home(もう一つの故郷)であるイギリスへと渡ったのだった。

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