アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
その疑問を並木主任に投げ掛けると、スコップを持つ彼の手がピタリと止まった。
「放線菌は研究所とは関係ない」
「はぁ? じゃあ私は仕事じゃないのに駆り出されたってことですか?」
「早く言えば、そういうことになるな」
「遅く言ってもそういうことでしょ?」
信じられない。仕事だと思ったから必死でこんな所まで来たのに……
納得いかなくて並木主任に詰め寄るが、彼は悪びれる様子もなく「そんな目くじら立てて怒ることか?」って言うから怒りが込み上げてきた。
「私はバイオコーポレーションの社員です。会社に関係のない研究のお手伝いはできません!」
「そうカリカリするな。確かに会社には関係ないが、人類の将来の為には、必要な研究なんだ」
いつになく真剣な表情の並木主任にドキッとして怒りを忘れ小声で聞き返す。
「人類の将来の為……ですか?」
「あぁ、俺がここの研究所に来たのは、恩師の意思を継ぐ為――」
並木主任の話しによると、彼は東京本社に居た時、母校の大学の研究も手伝っていたそうだ。そこで恩師の教授が海外の大手製薬会社と共同研究していたのが、放線菌。
教授は各地で摂取した土の中から様々な放線菌を収集し、ある病原菌に有効な働きをする種類を探していた。
「その菌は人間の体を壊死させる"人食いバクテリア"と言われている恐ろしい菌だ。治療にはペニシリン系や、セフェム系の抗生物質が有効だということは分かっているが、まれにその抗生物質が効かない耐性菌が発生することがある。
教授が研究していたのは、その耐性菌をも死滅させることができる新たな抗生物質の開発……」