アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
「私達もそろそろ行かなきゃね」
ため息を付き停まっているもう一台のタクシーに向かって歩き出したのだが、栗山さんが私のコートを引っ張り、とんでもないことを言い出す。
「ねぇ、帰っちゃおうか?」
「えっ? でも、途中で帰ったら歓迎会をしてくれた皆に申し訳ないし……」
「そんな心配しなくていって! あの人達は八神常務が居ればいいんだから。それに、私も疲れちゃったし……元木さんも明日は朝早いんでしょ?」
元木さんは明日、担当している専務に同行して大阪に出張だそうで、できれば早く帰りたいと遠慮気味に呟く。
「じゃあ決まりね。私達はここで解散!」
そう言った栗山さんが根本課長に電話をし、その旨伝えると拍子抜けするくらいあっさり帰宅のお許しが出た。
栗山さんの言った通りだ。既に根本課長には、私の歓迎会だという認識はない。
……というワケで、待たせていたタクシーに乗りマンションに帰ってきたのだけれど、部屋の中は真っ暗。翔馬の姿はどこにもない。
今日も彼女とデート? ったく、学生の分際で生意気な……でも今は遊びほうけている翔馬の心配より、自分のことを心配しなくては……
シンと静まり返っただだっ広いリビングのソファーに倒れ込み、今日一日の出来事を思い返してみる。
なんと言っても最大の驚きは、並木……いや、八神常務との再会だよね。これから彼とどう付き合っていけばいいんんだろう。
再会の嬉しさより不安の方が大きくて、半開きの目でボーッと天井を見上げていたら、翔馬から電話が掛かってきた。