アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
栗山さんに申し訳なくて謝ろうとしたが、その前に根本課長が私を呼ぶ。
「ちょっと話しがあるの。一緒に来てくれる?」
「は、はい……」
根本課長は秘書課を出て同じ階にある給湯室に入って行く。そして徐に急須を持ちポットのお湯を入れ始めた。
「あ、お茶でしたから私が……」
慌てて手を伸ばすも、根本課長は慣れた手付きで湯呑にお茶を注ぎ入れ、それを私に差し出してくる。恐縮しつつ湯呑を受け取ると課長は警戒するよう廊下の方に目を向け、低い声で話し出す。
「話しというのはね、八神常務のことよ」
「八神常務のこと……ですか?」
わざわざ人目を避けるように給湯室に来て八神常務のことだなんて言われたら、冷静ではいられない。動揺して顔が強張る。
「アナタ、本当に八神常務のこと好きじゃないの?」
「えっ?」
まさか根本課長が仕事中にそんな話しをするなんて思っていなかったから、心底驚いた。
「確かめておきたいのよ。正直に答えてちょうだい」
根本課長の迫力に押され一歩、二歩と後退るといきなり手首を掴まれ、その弾みで湯呑の中のお茶が大きく波打つ。
危うく根本課長の手に熱いお茶がかかりそうになったのに、課長は動じることなく真顔で迫ってくる。
「どうなの? 本当のことを言いなさい!」
けれど、どんなに問い詰められても本当のことは言えない。会社では、私は八神常務を嫌っている……そう振舞わなくちゃいけないから。
「……以前にも言ったはずです。私は八神常務を異性として全く意識していません」
「本当に?」
「はい、正直、そういう風に疑われるのは迷惑です」