アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】

自分でいうのもなんだけど、女優になれるんじゃないかと思うくらい素晴らしい演技だった。


「分かったわ。仕事に戻っていいわよ……」


はぁ~っ……なんとか上手く誤魔化せた。


根本課長が小さく頷いて私の手首から手を離すと、すかさず一礼し、まだ熱いお茶を一気に飲み干す。


とにかく早くこの場を去りたくて急いで湯呑を洗って給湯室を出たのだけれど、数歩歩いた所で足が止まった。


やっぱりおかしい。根本課長らしくないもの。なぜ今、あんな話しをしたんだろう?


どうしてもそのことが引っ掛かり動けずにいると、給湯室から微かに根本課長の声が聞こえてくる。


「……千尋です。今、本人に確かめました」


えっ? 本人って私のこと?


盗み聞きするという行為に多少の罪悪感はあったが、自分が関係していると分かった瞬間、罪悪感なんてどこへやら、息を殺して耳を澄ます。


「はい、どうやら新田さんは本当に好きじゃないみたいですね。大丈夫そうですから話しを進めてください」


はぁ? 何が大丈夫なの? 話しを進めるってどういうこと?


しかし電話はそこで終わったようで、洗い物をする水音が聞こえてきた。


ヤバっ……このまま廊下に居たら電話を盗み聞きしていたのがバレてしまう。


全力疾走で廊下を走り、途中のトイレに駆けこんで根本課長が通り過ぎるのを息を殺しジッと待っていた。と、その時、スーツのポケットでスマホが短く震える。


メールだ。誰だろう……

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