フルール・マリエ


「まるで桜ですね」

中から出てきたのは、この店を取り仕切る支配人である真田さん。

開店前には必ず真田さんが店舗の状況をチェックして回る。

「ここから見える桜は無いので、こちらの衣装を見て春を感じてもらおうと思いました」

「ええ、美しいですよ」

真田さんは、美しいという言葉を良く使う。

私の知る限り、こんなに自然な様子で美しい、と呟ける人は真田さんしか見たことがない。

新郎新婦を迎える場所は美しくあるべき、とは真田さんからの受け売りだが、私も全くの同感だった。

一生に一度の日のために準備を進める新郎新婦には当日だけではなく、準備の段階から特別感を味わってほしい。

「朝見さん、襟足が出ていますね」

「あ、すみません」

まとめたシニヨンの襟足を撫で上げて、ピンで抑えると真田さんが首元を覗き込んで、満足そうに頷いた。

突然近づいた美しい顔に緊張してしまう。

美しさを重要視する真田さんは従業員の身なりも厳しくチェックする。

ただし、チェックが真剣なあまりに距離感が近すぎることがあり、どきりとする。

その理由には真田さん自身が美しすぎるせいもあるけれど、本人には自覚があるのか不明だ。


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