それがあの日の夢だった
部屋の中央に小さな椅子が置かれ、その上に三十代中頃くらいの男性が座っていた。

よく見ると麻弥ちゃんと同じ服を着ていた。




「おぉ、やっと来てくれたか…」


男はゆっくりと立ち上がると、歩いて麻弥ちゃんの方へ近づいてきた。


麻弥ちゃんの体が緊張のせいか、一瞬強ばった。

「ずいぶん長い間待たせてくれたな。私はお腹が空いて仕様がなかったよ。さぁこちらへ。その命を捧げるのだ」


男は麻弥ちゃんに手招きした。


麻弥ちゃんはその場に立ちすくみ、体を震わせた。

死にたくない、全身が叫んでいる。
私はそんな風に感じた。


「麻弥ちゃん…」
なぜだろう、私の口からか細い声が漏れた。
麻弥ちゃんに届いているか分からない、けど確実な声が。


「………」
麻弥ちゃんは少しだけ、ほんの少しだけ横目でこちらを見た。

その瞳には、うっすらと涙浮かんでいる。

室内の炎に照らされた、赤い涙が。

その途端、私の頭の中で何かが吹っ切れた。

「うわあぁぁ!」



私は立ち上がり、全力で走った。

「来羽?」

麻弥ちゃんが私を見つめる。

その表情は不安にも困惑にも見えた。

私はその男に飛びかかる。
私の腕がその男の体を捕らえた、その時だった。


「このくそガキ!」

男が私の腕を強引に掴み、私をなぎ倒した。

「来羽!!」

麻弥ちゃんが私に駆け寄ってくる。
でも私は麻弥ちゃんが来るより先に叫んだ。

「逃げて!」

麻弥ちゃんの足がピタリと止まる。
顔には困惑の表情が浮かんでいた。

「麻弥ちゃんだけでも逃げて!私はいいから!早く!」
私は全力で叫んだ。
男の足にしがみつき、決して麻弥ちゃんの方に行かせないようにするために。

「あ、あぁ、あ」

麻弥ちゃんが震える、そしてゆっくりとだが後ろへ後ずさった。

「行って!!早く!」

私は最後の力を振り絞って叫んだ。
これ以上、この男を押さえるのは限界そうだった。

私は立ちすくんでいる麻弥ちゃんを睨む。

本当は、こんなことしたくなかった。
睨むなんてしたくなかった。

でも、きっとこうでもしないと麻弥ちゃんはその場から動かなかっただろう。

だから私は心を鬼にして、全力で睨んだ。

麻弥ちゃんはその視線に折れたのか、踵を返し、入り口まで走っていった。

小さな嗚咽が狭い空間に響いた。





これでよかったんだ。
これで麻弥ちゃんが救われる。



部屋の扉が開いていく、この光がうっすらと部屋割りに流れ込んできた。



このわずかにあいた隙間から細い何かがにゅるりと入り込んできた。


「こっちにおいで!」

その細いものは私の声に反応してするすると近寄ってきた。

「お前はかわいいね」
私はその頭を撫でる。


独特のあの細い舌がちろりと見えた。


「なんだその蛇は!?」

男が私たちを睨みながら吠える。

これには完全に怯んでいるようだった。

よし、成功した。


私は急いで立ち上がると、男が怯んでいる隙を狙って出口へ走った。

「あ!」

男が後ろで間抜けな声をあげる。
ざまぁみろ。

そう思い私が扉に手をかけた瞬間、いきなり何者かが向こう側からドアを引っ張った。


思わず私がよろけると、誰かの手が私をそっと支えてくれた。


「大丈夫ですか?」

頭上で響く、囁くような柔らかい声に視線をあげる。
そこでは私と同じ年くらいの女の人が微笑みを浮かべ私の体を支えていた。


その力強さとは裏腹に、その腕は恐ろしく細かった。


「先に外に出ていて下さい」
彼女はその細い腕で私を部屋の外へ押し出すとあの男の元へ向かっていった。

「呪われてしまったのですね。かわいそうに」


女の人は杖を持って踊り出した。

長い服の袖が彼女の動きに合わせてゆらゆらと揺れている。

「ぐぁ、あ?」
男の顔が苦痛で歪んでいく。
やがて男は頭を両手で押さえ、倒れたきり、動かなくなった。






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