可愛いなんて不名誉です。~ちょっとだけど私の方が年上です!~
第十一話 彼と彼女の出会ったころ
 時は美夜子が入社してまもない二年前にさかのぼる。
 美夜子は院卒で入社試験の成績も十位以内だったから、いきなり本社の中心的な部署に配属された。一方涼は高卒で、経理一筋で七年目にさしかかろうとしていた。
 二人は同じフロア内で一緒に仕事をしていたが、涼は皆に羨望の目を向けられる美夜子を冷えた目で見ていた。
 学歴が何だ。企画の仕事がどれほどのものだというんだ。自分のところを通さなければ1円も払えないくせに。今思えば憎悪じみた妬みを持っていたと、涼は苦笑した。
 美夜子が参加するという合コンの男サイドは、結構な倍率だった。そこにあえて無理に入り込んだのは、ただ美夜子を見返してやりたいという一心だった。
 けれど合コンの前日、涼は休憩室で美夜子と合コンの幹事の女の子の会話を聞いてしまった。いいメンツがそろったけど、みっちゃんは誰狙い? 順々に彼女が挙げていくメンツに、涼は嫌悪感で顔をしかめた。
 顔は抜群にいいが、金遣いが荒くて借り入れまでしている男。営業の華と言われているが、仲間内で飲むとべろべろに酔いつぶれる男。
 でもうんざりして立ち去ろうとした涼に、美夜子は照れながら答えた。
「私は……うん。やっぱり一葉涼さんがいいな」
「えー、一葉さん?! どうして? 地味だし、何考えてるかわからない鉄面皮だよ?」
 知ってるよと、涼は内心吐き捨てる。ただ美夜子の次の言葉に目を見張った。
「しっかりしてて、かっこいいよ。憧れてるんだ」
 ……違うんだ。涼は真っ赤になった顔を手で覆った。
 しっかり見えるのは、ただ経理一筋にやってきてこの仕事の経験が長いから。顔色を変えないのは、弱い自分を見せる勇気がないから。
 だって涼は営業も企画もやったことがない。自分の売り込み方など知らない。女の子に……かっこいいと言われたこともない。
「きっと恋人になる女の子は幸せだよ」
 けれどずっと真面目にやってきた。仕事も生活もこつこつがんばった。経理なら自分が一番詳しいと思うくらい勉強したし、いつか自分の奥さんになる人に苦労させないように、ひととおりの家事はこなせるようにした。
 初めて自分を認められた気がして、涼は舞い上がった。今まで美夜子を嫌っていたことなど忘れて、不謹慎なほど明日の合コンが楽しみになった。
 ちょっと寝不足で、けれど終業時間がこんなに待ち遠しかったことがあったかというくらい浮足立って迎えたその夜。美夜子は合コンに現れなかった。
 みっちゃんは今仕事に追い込まれててね。幹事の言葉に、涼は早々に合コンを抜け出して会社に向かった。
 果たして美夜子は深夜のオフィスで、山のような書類を積みながら泣いていた。でも立ちすくんだ涼をみつけると、冗談交じりに笑ってみせた。
「いやぁ、私、数字が大の苦手なんですよ」
 それは、涼も知っていた。美夜子は文系の勉強に特化してきたせいか、数字には致命的な拒絶反応を示す。
「一葉さんにブロックしてもらえると大変助かります」
 たぶん何の気なしの社交辞令。だが涼にとっては大きな一言だった。
 そのとき、美夜子と涼の仕事は同じラインになかった。今振り返ると、経理以外の経験がないために助け方も知らなかった。
 落ち着けよと涼は自分に言い聞かせた。しょせん仕事なんだぞ。仕事で助けたって異性として好きになってもらえるわけじゃない。
 でもこのときでも、美夜子の馬鹿真面目さは知っていた。仕事で助けたら、この人はまちがいなく自分を気にしてくれる。そういうずる賢い下心だけはあった。
「日野さんは、どんな仕事がしたいですか」
 突然の涼の問いかけに、美夜子はそうですねぇとうなった。
「どんな仕事もやります! ……あ、でもできたら地元に帰りたいですね」
 その言葉通り、美夜子は数字だらけの苦手な最初の仕事を二年間やりとげた。それで、地元に帰ってきた。
 涼はその後すぐに転勤願いを出して、経理以外の仕事をかたっぱしからつぶした。それで、美夜子の地元に異動願いを出した。
 そして二人は再会することになる。
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