可愛いなんて不名誉です。~ちょっとだけど私の方が年上です!~
最終話 可愛いなんて不名誉です。
 美夜子と涼が一緒に暮らし始めて、半年が経った。
 一緒にいるとびっくりすることも多かった。菜箸を使うのが苦手な美夜子は、二人分のパスタを取り分けるときにかんしゃくを起こして泣いた。朝食をパンとごはんを日替わりで食べたがる涼は、たまに逆転するとへそを曲げた。
 ただ菜箸の問題はトングを買って解決したし、朝食の問題は前日に涼が炊飯器の予約スイッチを入れることで解決した。他にもトラブルは山ほど起こったが、文明の利器と話し合いで結構簡単に片付いた。
 慌ただしい夏が終わり、お風呂上りに窓を開け放ってくつろいでいた美夜子のところに、涼が帰ってきた。
「おかえり、涼さん。ごはんは?」
「まだ。いいですよ、座ってて」
 涼は手際よく冷蔵庫に美夜子が残しておいたおかずを温めて、スープとごはんをよそって持ってくる。この辺の連携は、案外慣れると早いものだった。
「お土産です」
「やった、ぐるまちゃんだ!」
 涼は出張に行くと必ずご当地マスコットを買ってくる。ぬいぐるみに目がない美夜子は、マスコットをばんざーいと掲げる。
「ぐるまちゃんはおしゃれだなぁ。いろんなところに出張するからかな」
 運送業界のサミットのマスコットぐるまちゃんは、毎度服装が変わる。今回はハイヤータクシーの運転手なのか、黒いスーツに白い手袋、腕にはサービス用のワインの小瓶を抱えていた。
「これなんか、本物の宝石みたいな……」
 ワインの小瓶の蓋に、きらきらした色石のついた銀のリングがはまっていた。美夜子が思わずのぞき込むと、涼が憮然として言う。
「……本物です」
 美夜子は銀のリングと涼を見比べる。涼は手を伸ばして、リングを美夜子の左手の薬指にはめた。
「え、えと。あの。お土産には高価すぎませんか?」
 かぁっと赤くなってわたわたする美夜子に、涼は真顔で美夜子をのぞきこむ。
「試用期間は半年って言いますよね。今日で一緒に暮らして半年です。これは記念品で」
 美夜子の手を取ったまま、涼は言う。
「半年後の結婚式の予約です」
 美夜子は自分の薬指にはまった婚約指輪をまじまじとみつめて、ふいに涙がこみあげる。
 美夜子さん? 涼が心配そうに問いかけると、美夜子は意を決したようにうなずいて言った。
「いいんですか? 返品は受け付けませんからね」
 涼はぷっと笑って、美夜子に口づけた。首筋に唇を落としていきながら、美夜子のパジャマの前合わせをほどく。
「ちょっ! 涼さん、ごはん」
「後でいいです。まったく、可愛いんだから」
 耳を甘噛みされる。ひゃっと美夜子は変な声を上げたが、背筋を走ったしびれの心地よさに意識が遠くなりそうになる。
「か、可愛いなんて不名誉です。大人扱いしてください!」
「なるほど。大人扱いですか」
 ついお姉さんぶって強がりを言うと、涼は下から艶っぽく美夜子を見上げる。
「そうですね。俺たちは夫婦になるんだから。……もう、手加減なんか要りませんね」
「あ、ちょ……!」
 美夜子は指で虚空をかく。その手を涼は自分の首にからませて、だめですよ、大人は責任を取らなきゃと低く笑う。
 美夜子さん、とかすれた声で涼がささやく。それは合図で、美夜子は涼と深く唇を合わせる。
 彼との境界が消える感覚を、今までにない歓喜で受け入れる。
 愛しています。知ってました? 悪戯っぽく問いかけた涼に、美夜子はむすっとした。
 残念でした。私の方が愛してます。知らなかったでしょう?
 二人は吹き出して、馬鹿馬鹿しいくらいに長い間、畳の上で笑い転げていたのだった。
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