いつか、星の数よりもっと
「そうそう。ちょうど渡そうと思ってたんだ。この前旅行行ったお土産」

バッグに入れてあった箱と袋をテーブルの上に並べる。

「こっちはおじちゃんおばちゃんと一緒に食べて。で、これはトッキーに」

小さな紙袋から中身を取り出して、貴時は怪訝な顔をする。

「……ありがとう」

貴時が歓喜にむせび泣くとは思っていなかったし、この反応は緋咲も予想済みのことだ。
もらったものが何なのかわからないらしい。

「それ、マスキングテープ。かわいいでしょ? トッキーの好きなものなんて将棋くらいしか知らないから」

先日のシルバーウィークを利用して、緋咲は七瀬と隣県まで旅行に行ってきた。
温泉と買い物を兼ね一泊二日で。
市川家には温泉宿の名物である黒糖まんじゅうを買ったけれど、そこにたまたま売っていたのでつい買ってしまった。

「使い方がわからない」

駒の柄がついたマスキングテープをピリッと剥がして、貴時は粘着力を確認する。

「例えば写真をデコレーションしたり、ちょっとした贈り物のときラッピングに使ったり」

緋咲もさほど使わないものなので、貴時なら尚更だろう。
メガネの奥でぱちくりと一度まばたきをした。

「機会があったらそうする」

このマスキングテープは永遠に来ない機会を机の中で待つことになりそうだ。

「トッキーはよく東京行くけど、ついでに観光したりしないの?」

「そんな時間ないし。毎月2回は東京行くから、目新しさはないよね。ちょっと友達とご飯食べるくらい」

「東京に……友達いるんだ」

「いるよ。一緒に研究会してる人もいるし」

「え? 将棋仲間?」

「そうだよ。交遊範囲狭いのは自覚してる」

将棋仲間とは将棋の話ばかりするのだろうか?
それとも好きな漫画の話や恋愛の話もするのだろうか?
いずれにしても貴時がそんな時間を過ごす相手がいるとわかり、緋咲は心底ホッとした。
微笑んだ口元のままカフェラテを飲むと、貴時はまた携帯を確認していた。

「トッキー、もしかして迷惑だった?」

難しい顔で携帯を睨む貴時に、緋咲はおずおずとそう聞いた。
貴時は携帯をじっと睨んで、三拍ほど遅れてから緋咲に向き合う。
そのときにはいつもの貴時の顔だった。

「ごめん。なんだっけ?」

「やっぱり、誘って迷惑だったよね?」

視線で携帯を示すと貴時はそれを確認して、首を横に振った。

「迷惑じゃないよ。今ちょっと気になる対局があって。ごめん。落ち着かないよね?」

今度は緋咲が首を横に振る。

「トッキーが大変な時期なのわかってるから、無理して付き合ってくれなくていいんだよ」

「無理な時は断ってる」

確かに誘っても二回に一度は断られる。
だからこそ二回に一度は無理して会ってくれているんじゃないかと緋咲は思うのだ。
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