不埒な先生のいびつな溺愛 〜センシティブ・ラヴァーズ〜
久遠くんに追い付けずに、彼が見えなくなってしばらく経ってから、マンションに着いた。

彼は、お父さんが亡くなってから、このマンションに引っ越した。病院と出版社との往復のためだけに選んだあのタワーマンションにはもう住む理由がないらしく、家賃を落とした今のマンションへと移っている。

内装も広さも前とさほど変わらないが、エントランスに鍵はかかっていない。
私は久遠くんの部屋まで直接向かい、インターフォンを鳴らした。

「……久遠くん?」

もちろん返事はない。多分、何回ノックをしたところで同じだ。彼の心を追い詰めるだけだろう。

「ごめんね。ここで待ってるから、ずっと」

最終手段は、久遠くんの優しさにつけ込むこと。
雨で冷えた体でここで待っていれば、彼はいつかドアを開けてくれる。
それが三分後か三十分後か、はたまた三時間後かは分からないが、私はそれを待つ覚悟だ。

今彼を手放せば、彼が消えてしまう気がした。
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