月は紅、空は紫
 村木が開いて、目を通した目録は『印可』である。
 つまりは『免許皆伝』ということだ。
 それだけでも、一目は置くべきであるのに――その流派が『中条流』である。

 村木とて、一応は『一刀流』を名乗る仁科剣術道場の高弟である。
 自分が学ぶ流派と、この得体の知れぬ男が持って来た印可認状に記載されている流派との関係は重々承知している。
 村木の、脂肪がよく付いた腕が震え、それに連動して服に隠れた腹の辺りの脂肪も振動する。

「あ、あわわ……」

 文字通り、声にならない声を上げて、印可認状と清空の顔を交互に見直す。
 このまま放っておけば、白眼を剥いて村木は卒倒してしまうのではないかというぐらいに眼を白黒させ始めた頃合を見て、清空が白々しく村木に声を掛けた。

「それしか身分を証明できるようなものが無いような浪人者です。見学させていただくわけには――いかないでしょうか?」

 流派が厳密には異なるとはいえ、名ばかりの一刀流の高弟と世に名を知られた中条流の免許皆伝の剣士――誰が見ても馬鹿馬鹿しくなるほどの差である。
 清空が答えを尋ねるまでもなく、あまりの緊張のあまりに動きがからくり人形のように変化してしまった村木は直立不動の体勢に変わる。
 ガマの油を採られる蛙のように、額からダラダラと脂汗を流しながら――。

「し、少々お待ち下さいませ! ただ今、当主を呼びます故!!」

 清空に、バカ丁寧な敬語を使用しながらそう告げて、村木は慌てて道場の中にバタタタという激しい足音を立てながら駆け込んで行ってしまった。

(何とも……偉そうになってしまうから、こういう行動は嫌いなのだが――)

 心の内で、苦笑いを浮かべながら清空は村木のそんな姿を見送る。
 道場の奥から、さらに慌てた足音を響かせて村木が戻ってきたのは、それから三分も経たぬ頃であった――。
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