月は紅、空は紫
「おお、ご苦労であった。しかし、下手人は捕まったのだぞ? そこまで急がずとも良かったのだが――」

 中村が言った事は半分は本当であり、半分は嘘である。
 下手人こそ仇討ちによって死亡し、事件は一件落着の様相を見せてはいるが――それが真の下手人と思えていなかったのは中村とて同様であった。

 だからこそ、押収された折れている刀をこうして役室で眺め続けていたのである。
 仁科道場の面々による『仕置き』と称した仇討ちの際に、見せしめと言わんばかりに叩き折られてしまった下手人である不動源之助の刀。
 それは、中村にとって事件の真相を晦ましこそすれ、明瞭な答えを投げかけるものでは無かったのである。

 清空は中村の眺めていた刀が、『仁左衛門殺し』に使われたものであるということを、この部屋に入ってきた時から察知していた。

「中村様――その刀は……?」

 清空の問いに、中村は無言で頷くことで答えて見せた。
 そして、無言のままで清空から検分書を受け取り、それに眼を通し始める。
 頷きながら検分書を読む中村の傍らで、鈍く光る、折れた刀が無念を語るように清空には見えた――。
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