月は紅、空は紫
 清空が御役所を訪ねた時、幸運にも中村は詮議をしている最中でも市中廻りにも出てはいなかった。
 自分の役室にて、折れた刀を手にいかめしい表情をさらにしかめっ面にしていたので、あまりに集中している様子のために清空は話し掛けるのいささか躊躇することになってしまった。

 役室に入ってきた清空に気付くことなく、中村は折れた刀を角度を変えながら眺め、その度に小さく唸り声を出したり、首を捻ったりしている。
 中村の方から自分に気が付くまで――と様子を見ていた清空が、集中しきってしまっている中村が自分のことに気が付かないかもしれぬと悟り、結局は清空の方から声を掛けることになってしまったのは入室から三分も経ってのことだ。
 それも、一度の呼びかけでは聞こえなかったようで、清空は呼びかけを二回ほど繰り返すことになってしまった。

「あの――中村様……中村様?」
「ん? おお、歳平か、何用じゃ?」

 声を掛けられた中村は、一瞬だけ清空に視線を向けたのだが――すぐに刀へと視線は戻ってしまった。
 刀を見つめ続ける中村に、清空は自分の用向きを伝える。

「こないだの事件の検分書を持って参りました――」

 清空のその返事に、中村は刀を見下ろしていた顔を上げた。
 清空が持って来たもの、それもまた中村が待っていたものであったのである。
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