水月夜
なぜ直美が今になって千尋の名前を口にしたのか、推測はしていた。


千尋の死に私が関与しているのではないかを聞くためとか、千尋からなにか話を聞かなかったかを聞くためとかだろう。


しかし、私の予想は大きくはずれていた。


私がそのことに気づいたのは、直美がなぜ千尋の名前を口にしたかを推測してから十数秒後だった。


突然パシンッと乾いた音が響いてきて、頬に痛みが走った。


左頬がヒリヒリと痛みを帯びるのを感じながらそっと直美に視線を向けると、直美は肩で息を整えて私を細目で睨んでいた。


「直美……？」


どうして頬を叩いて睨むの？


目をパチパチとしばたたかせる私の心を見透かすかのように、直美が再び口を開いた。


「梨沙……あんたさ……昨日の放課後、猪狩と一緒に帰ったよね？」


「えっ……い、一緒に帰ったけど、なんで？」


昨日の放課後に千尋と一緒に帰ったのは、直美がいつものように緒方先輩のところにいて夢中になってるから、直美にバレないだろうと思ったんだ。


しかし、まさか千尋と帰っているところを直美に見られたとは思わなかった。
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