ニセモノ夫婦～契約結婚ですが旦那様から甘く求められています～

「このお店、かなり古そうですね。大したお金にはならないかなぁ」

「お店は！」

　店を見上げてつぶやく男性に、図らずも激しい声を上げる。

「……お願いします。このお店だけは、売らないでください」

　震えだす膝に手をあて、頭を下げながら告げた。

　このお店は、父がずっと誇りをもって守ってきたもの。たくさんの人が父のうどんを食べて、笑顔になってくれた場所だ。ここには父の魂と、生きていた頃の母の、家族の思い出も詰まっている。

　ここを失くしてしまったら父に顔向けできない。私にとっても、ここはなににも代えがたい大切な場所なのだ。

「お願いします……」

「まだわかっていないみたいだな」

　男性の口調が苛立ったものに変わる。私は勢いよく顔を上げた。

「返済も無理。店も手放せない。あんたたちはもうそんな甘っちょろいことを言える立場じゃねぇんだよ！　店を売りたくないなら、あんたが頑張って金を用意するしか方法はねぇな」

　凄まれ、私は呼吸すら忘れて男性を眺め入る。息苦しくても、恐ろしさに上手に酸素を取り込めなかった。