ニセモノ夫婦~契約結婚ですが旦那様から甘く求められています~
 驚愕しているのは私だけではなかった。井原さんも、「なにふざけたことを……」とわずかに動揺を含んだ声を上げているのが聞こえる。

 すると、黒髪の男性は、スーツの胸ポケットから長方形の(つづ)りを取り出した。

「いくらだ」

 あれって、小切手?

 冗談ではないらしい。井原さんもそう思ったようで、「一千万……」とぶっきらぼうに金額を告げる。黒髪の男性は小切手らしい紙の上に万年筆を滑らせると、切り離して井原さんに突き出した。そして、

「借用書」

 とすぐさまもう片方の手のひらを見せる。

 井原さんはぶんどるように受け取った紙をスマートフォンの灯りで隅々まで確認してから「チッ」と舌打ちをして、自身も黒髪の男性に細長く折られた用紙を渡した。今度は黒髪の男性が広げてその内容をたしかめている。

「たしかに」

 黒髪の男性がうなずくと、井原さんはぶつけどころのない怒りを顔に(みなぎ)らせつつ帰っていった。未だに状況が理解できなくて、私は呆然とそのうしろ姿を眺める。
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