ニセモノ夫婦～契約結婚ですが旦那様から甘く求められています～

　男性は無表情で冷たい印象にも感じられたが、不思議と怖くはなかった。髪をなでられた手が壊れものを扱うように優しげで、この人が私を安心させようとしてくれていることが伝わってきたからだ。

　私が戸惑いながら見上げていると、男性がおもむろに口を開く。

「借金は肩代わりする。生活も保証しよう。その代わり、俺と結婚しないか？」

　告げられたのは、予想もしていなかった言葉だった。

「……け、結婚？」

　突拍子もない話に、思考が停止する。

　もしかすると、借金があると聞かされたときよりも驚いているかもしれない。この人はいったいなにを考えて――。

　衝撃で思い出したかのように、突如脳内にある光景が浮かんだ。そして、とんでもない事実に気がついた私は、

「あ、あなたは……！」

　堪らず素っ頓狂に叫ぶ。

「なんだ。知っていたのか」

　近所の人たちが飛び出してきそうな大声の中、男性は眉も動かさずに言った。そのセリフで完全に確信した私は、口をパクパクさせて男性を凝視する。