ニセモノ夫婦~契約結婚ですが旦那様から甘く求められています~
「知らないはずがありません……。常務、柴坂(しばさか)常務ですよね!?」

 言いながらもどこかで信じられなかった。この人は私が勤めていた【株式会社花椿堂】の常務取締役だ。現社長の息子で跡取りながらも、その地位に甘んじることなく努力を惜しまない。それが故にとても仕事ができると聞いたことがある。

 その結果、二十九歳という若さで国内シェア一位、世界シェアでも五位の化粧品を製造・販売する会社の常務取締役を務めていると。

 私がいた部署では重役などめったに見かけることがないのですぐには気づけなかったが、間違いない。

 でも、柴坂常務がどうしてここに。それに、なぜ私の借金を肩代わりなんか。それに、結婚なんて……。

 さらに頭の中が混乱する。

「俺は訳があって結婚したい。だが、身内の選んだ相手や(わずら)わしい結婚は御免なんだ。だから、君にさっきの提案をした。俺は形だけの妻を手に入れる代わりに、君に必要な援助をしよう。言うなれば交換条件だ。どうだ?」

「どうだって……」

 すでに一千万円も払っているのに、これからの生活まで助けてくれる? いくら煩わしい結婚が嫌だからって、ここまでして偽物の奥さんを手に入れたいと思うものなの?

 私の考えている内容がわかっているのか、柴坂常務は小さく鼻を鳴らした。
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