ニセモノ夫婦~契約結婚ですが旦那様から甘く求められています~
「最初から事情を知ってくれている方が楽だからな。仕事だと思えばいい。妻のフリをする代わりに、報酬がもらえていると」

 あまりにも簡単に言うんだな。そんなときに困っている私を見かけたから、助けてくれたんだ。一生一緒にいる相手を、この人はタイミングがよかっただけで選んだんだ……。

 唖然とした。

 だが、だからこそ私は助かったのだ。ここで断っても、さっきのお金など到底返しようがない。柴坂常務と結婚すれば借金もなくなって、お父さんの治療費やお店も守れる。先ほどまでの状況から考えると、私にとっては夢のような話だった。

「本当にいいんですか?」

 半信半疑で訊ねる。

「提案したのは俺だ」

 そう言われ、私は困ったように眉根を寄せた。

 なにもかも未整理だ。それでも、ただひとつだけ、こんな巡り合わせはもう二度とないと思った。

「よろしくお願いします」

 心に生まれた新たな決意。

「よろしく。君は今から俺のものだ」

 柴坂常務も、真っ直ぐにこちらを見て言った。

 あちこち傷んだ築五十年以上経つアパートの前には似つかわしくない、仕立ての良さそうな真っ黒のスーツをまとう柴坂常務。死神のように見えた彼は、私を救う救世主だった。

 もしかしたら、隠された思惑があるかもしれない。それでもすべてを守れるなら、と、この瞬間から私は彼のものになった。
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