ニセモノ夫婦~契約結婚ですが旦那様から甘く求められています~
 あとは、家の中を軽く片付け、お母さんの仏壇も丁寧に掃除した。

 幼い頃から、いつかお嫁に行くときはそうしようと決めていたのだ。命をかけて生んでくれて、育ててくれて、私にたくさんのものを残してくれた母に心から感謝を込めて。まさかこんな形になるとは思っていなかったけれど、母に結婚の報告をして家を出るのは不思議な気分だった。

 お父さんの意識はまだ戻っていない。お父さん、自分が寝ている間に私が結婚したなんて聞かされたらびっくりするだろうな。もしかしたら、話した瞬間にまた倒れてしまうかもしれない。

 借金のことはなんて説明しよう。できるならこの結婚の意図を知られたくないけれど、お父さん、楽観的な割に勘はいいから気づいちゃうかな。めちゃくちゃに怒られてしまいそう。でも、私は後悔していない。柴坂常務のおかげで、すべてを守れたのだから。

「あの、柴坂常務」

 リビングの方へ戻っていく彼の背中に向かって声を掛けた。スーツの上に着ていた黒のチェスターコートを脱ぎ終えた柴坂常務が、おもむろに振り返る。

「さすがに家で常務はやめてくれ。颯馬(そうま)でいい」

 そう言って、苦々しく笑った。
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