ニセモノ夫婦~契約結婚ですが旦那様から甘く求められています~
「だ、大丈夫です。もうすぐだなって思うと、緊張してきただけなので……」

 私がぎこちなく笑うと、彼は一瞬無表情になってから、「そうか」と愁眉(しゅうび)を開いた。不自然な間に、脳裏には疑問符が沸き起こっていく。

 しかし、今の心持ちでは聞けるはずもなく、私は誤魔化すように「私たちも行きましょう」と足を踏み出した。だが、力強いなにかによって、私は強引に腰もとを引き寄せられる。

 バランスを崩した私は、背後から包まれるように受け止められた。

 じんわりと伝わってくる温かさに、すぐに颯馬さんに抱き寄せられたのだと気づいた。

「あ、あの……!」

 身じろぐけれど、彼の両腕はがっちりと私を捕えていてビクともしない。

「……颯馬さん?」

 堪らず見上げようと首を捻る。すると、私の頬を彼の髪が掠めた。肩にのしかかるわずかな重み。私のものではない息遣いを感じて、背筋に甘い電力が走る。
< 65 / 175 >

この作品をシェア

pagetop