ニセモノ夫婦~契約結婚ですが旦那様から甘く求められています~
「次にここに戻ってくるときは、俺たちは夫婦になっているんだな」

 改まった声で囁かれた。

 ……夫婦。

 私は噛みしめるように目を閉じる。父の顔が頭に浮かんだ。

「はい。私は、あなたの妻になります」

 自分自身に言い聞かせるように言う。颯馬さんが、返事の代わりに抱きしめる腕に力を込めた。私は迷いながらも、その腕にそっと手を置く。それでも彼は沈黙を破らなかった。

 エントランスホールの中では、風の音ひとつ聞こえない。その静寂が、私にはなぜか颯馬さんが悲しんでいるように感じられた。
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