三十路令嬢は年下係長に惑う
鼓動が聞こえはしなかっただろうか、震える腕に気づかれなかっただろうか、自分は、歳相応にふるまえていただろうか、水都子は両腕で自分を抱きしめた。

 手首に残る間藤の手の感触、触れた唇の熱さを、指でなぞるようにしてたどる。耳に残る声と、潤んだ瞳を思い出しながら、水都子は髪に手をいれてかきむしった。間藤の髪の感触を思い出しながら、しばらくへたりこんで呆然とする。

 いやいや、洗濯を終わらせて、間藤のスーツを浴室乾燥させる前に自分もシャワーを浴びてしまわなくては、と、服を脱いだ。

 洗面所の、鏡張りのスツールを姿見変わりにして、自分の体を確かめる。

 間藤はきれいだと言ってくれたが、それは、この体を見ても同じだろうか。

 二十代の頃は、もっと、『美しい』とは言わずとも、今よりは『若さ』という底上げがあった分マシだったのではないだろうか、そう思う。

 間藤は自分に何を期待しているのか、いっそ、本当に狙うところが玉の輿であるならば、困惑せずにすんだのだろうか。

 否定された自分、価値の無い自分。

 社長令嬢という事以外、自分に誇れるものなどありはしないのだと、熱めのシャワーを浴びて、ウインドスクイジーで余分な水を掻き取り、まず換気をして、水都子は浴室乾燥の準備を始めた。
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