三十路令嬢は年下係長に惑う
「……つまりね、坪井未優子は本社の受付業務に強いこだわりと執着を持って、中々異動の話を受けなかったわけよ」

「それが急に受けたって? それって私が関係あるの?」

 前回同様日替わりのランチプレートを注文して、注文した料理がくるまでチェイサーで喉をうるおそうとグラスを手にとり、一口水都子は口に含んだ。

「気づいてないの? ボス猿は新しいボスが来たら群れを去るものよ? ……猿だけに?」

 思わず口に含んだ水を吹き出しそうになりながら、水都子は飲み込んで、むせそうになる口をナプキンで覆った。

「ボ……え? 何? どういう事?」

「つまりね、新社長ですら女というだけで軽んじていた坪井未優子を、姉さんは力技で黙らせたってわけ、聞いたよ、終業間際、接客ブース女の戦い」

「真昼ちゃん、あなた……」

「ごめん、別に利用しようとしたわけじゃないのよ、ただ、せっかく身内が入るんだったら有効活用させてもらいたいって思っただけ」

「最初からそう言ってくれれば」

「ダメよ、そんなの、下手うって裁判沙汰とかなっても困っちゃうし」

「あきれた……」

「こうなったのはパワーバランスの摂理ってわけよ」

「私はだいぶ下駄をはかされてる感じはあったけどね」

「そう言わないでよ、坪井は坪井で後にはひけなくなってたっぽいから、意地でもってしがみついていたようなところがあって、問題行動はスズに対するいやがらせだけじゃないからね、問題ある社員に、あんた問題あるから異動ねって言っちゃえば話は早いけど、それで彼女が納得するとは到底思えなかったし、……後、姉さんに悪いってところも多少はあったんじゃないの?」

「それって例の結婚式の時の事?」

 そういえば、何故坪井は自分の事情を知っていたんだろう、と、水都子は思った。間藤が言っていないとすると、他に『あの一件』を知っているのは身内だけだ。

「真昼、あなたまさか……」

「違うって、私じゃないし、ましてや慎夜でも無い、これは、私が独自に裏をとったんだけど、あの日、他にも結婚式がいくつかあったのよ、その中に『坪井家』っていうのがあった、っていうのを思い出しただけ」

「よく、覚えてたわね」

「いや、名前を見て、思わず坪井の結婚式かと思って、新郎新婦を見に行っちゃったからさ」

「……あなたも、大概ね」

「そりゃ気になるでしょーよ、オツボネ様が黙って結婚するのかなって気になったし、まー結局、新婦は坪井じゃなかったけど、……これは、推理になるけど、坪井は親戚の結婚式に参列してて、偶然見たんじゃないかなって」

 坪井の性格上『結婚』などという事になったら、間違いなく社内で大騒ぎするはずだろうと考えると、妥当な推理かもしれない、と水都子は思った。

 結局、真昼の思惑通りになったのかと思うと何ともしゃくに触るのだが……。

「で? どうなの? 間藤とは」

 にやにや笑って聞く妹に、憤慨した姉は言った。

「……教えない」
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