三十路令嬢は年下係長に惑う
怖いのはどちらか?
翌朝、少し無理をし過ぎて眠っている間藤に朝食と昼食を作りおいて、水都子は部屋を出た。出勤する道のりは、いつもと同じはずなのに、何故か足が軽いのは、昨夜のせいだと思うのだけれど、露骨ににやにやするわけにもいかず、自嘲しなくては、と、思うたびに思い出される睦言で、にやにやしたりひきしめたり、くるくる変わる表情を制御するのに苦労した。

「……そういうわけで、明日まではお休みするそうです」

 朝のミーティングで水都子が皆にそれを告げると、事情を察しているであろう全員からの視線に少し難儀をしてしまった。

 幸いにして、午前中は大きなトラブルも無く、皆がルーティンをそれぞれこなすという平和な時間が過ぎ、昼休みになってようやく鈴佳が部署の代表よろしく水都子に質問をぶつけた。

「その、なんといいますか、無事、えーっと」

「それ以上は、ちょっと、職場では……」

 水都子が言葉を濁すように言うと、鈴佳はそれだけで察したのか、

「デスヨネー」

 と、納得した様子をみせた。

「いえ、でも安心しました」

「どういう意味?」

「間藤さんは、仕事はできますが、こと生活面においては新卒君にも劣るようなところがありまして」

「健康に留意しないとか、生活力が無いとか?」

「食べる事とか眠ることに頓着しないんですよ、あの人、でも、ちゃんとそのあたりに気をかけてくれる人がいたらなーって」

「私、はめられたのかしら……」

「いえいえ、そんな事はないですけど、けどー……」

 言いにくそうに鈴佳があさっての方を見ると、真昼が立っていた。

「遊佐さん、今日、ランチいい?」

「あー、はい、社長」

 鈴佳にゴメン、と言いおいて、真昼について水都子は会社を後にした。

 二人並んで歩きながら、会社から充分距離をとったところで真昼が言った。

「坪井未優子がやっと異動を受け入れてくれたんだけど、姉さんなんかしてくれた?」

「ゴメン、話が見えないんだけど、坪井さんがどうしたって?」

 続く話を聞く前に、二人は店の前に着いた。そこは水都子が初出社の時に真昼と共に来た店だった。
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