今でもおまえが怖いんだ
「そういえば、洋室1の荷物、もうほとんど片付いたんだけれどさ。間接照明って、透子使う?」
2階の一室を指さしながら言われて、私はそちらを振り返る。

数ヶ月前まで彼が使っていた部屋だ。
週に1度は掃除機をかけに中へ入るけれど、その度部屋からは物が減って行っていて、先週覗いた時にはもう、むき出しの家具くらいしか残っていなかったと思う。

「あれば、使うかもしれない」
曖昧に答えたのは、別に欲しかった訳でもないからだ。

ただ、遠野さんの痕跡がまるきりなくなってしまうことが怖かった。少しくらい残しておいてほしかった。
彼と一緒に住んでいたこと、彼と生活を共にしていたこと。こうして同じ空間で別々のことをしていた時間が幸せだったこと。
全部を消す勇気はどうしてもなかった。

「うん、分かった。置いてく。あと光熱費は3ヶ月分透子の口座に入れておくね、給与の振込先と同じ所で良いよね」

そんなの要らないのに、と言い掛けて口を噤んだ。

俺がやるって言ったらやるんだよ、って付き合っていた頃によく強めの口調で言われた。

彼のそういうところが私も好きだった。

職場では頼れる上司で、仕事のできない私に対して嫌な顔一つせずに明るくさわやかに接してくれて、手伝ってくれて後始末もしてくれた。
プライベートでの彼はとてもつっけんどんだったけれど、私の手を引いてくれた。自分では何も決められない私の代わりに何でもぴしゃんと決めてくれた。

尊敬できる年上の男性だった。
彼の二面性どちらも私は好きだった。ちゃんと、好きだった。
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