いつかは売れっ子グラフィック・デザイナー
「ふーん…」
 彩香の夫、俊介はゆっくりとそう言った後、しばらく考えるように沈黙した。
 祐子と夕食後、洗い物を済ませて落ち着いた後、彩香は昼間あったことを夫の俊介に話した。大手金融機関に勤めて順調に出世している、彩香より3歳年上の俊介は、その分残業も多く、夜が遅くなることもしばしばだった。最近は夜こうしてくつろいでいる方が稀になっていた。
 俊介との結婚前の雑談として話を重ねた結果、彩香は仕事を続けることはせずに家庭に入った。将来的に子供ができ、やがて子供達に手がかからなくなったらパートに出ようとは彩香も考えていて、それも二人の間で暗黙の了解事項となった。特にキャリアを目指すなどとは考えたこともなかったので、彩香は今の生活で十分満足していた。

「それで15万、ポンとくれるって言ったの、その人」
 長い沈黙ののち、俊介が最初に言ったのは祐子が約束した金額のことだった。
「うん。いやあねえ、15万って、本当に私は素人だからってその後言ったのよ。でも祐子は大丈夫、彩香ならやってくれるよね、って言ったの」
 俊介が驚く様子もなく金額のことだけを言ったので、彩香は少し不安を感じた。
「どうしよう。ねえ、やっぱり無理だと思う? 本職のデザイナーでもないのに、いきなり素人の私に任せて大丈夫なのかしら。断った方がいいのかな。私、恥をかくのかしら」
「いや、そんなことはないよ」俊介は表情を変えることなく言う。「一応、今までイラストなどを描いてきたんだろ。それを人前に出してきたんだ」
「ただのブログよ。それに、仲間内に出すパーティや催しの案内状とか…」
「相手の人が気に入っているならいいじゃないか」
「うん…」

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