恋の証
越野さんは言う。私の、真っ直ぐでいようとする思考がいいと。それが背筋に現れているのかな、などと、それなりに卑怯で平凡な面白味のない私を、自分はもしかしていい女なんじゃないかと錯覚してしまうくらい持ち上げる。
嬉しいけれどどうしたらいいのか困っている私を見つめる越野さんの顔はなんだか、……とても、慈しまれているみたいだ。


それは、もしかしたら、勘違いではないのかもしれないけれど……。


もし、私が想像するのものが私たちの間にあったとして、それをお互い口に出せない時点で、ここで留まっておくのが最善なのかもしれない。


越野さんは、いずれカメラだけの世界に行く。それはきっと、あらゆる意味で遠くだ。
彼の写真は賞をとっているものもあって容易に知れた。素晴らしい作品だった。ある夜、珍しく酔った越野さんは、その世界に、誰かを連れていく勇気はまだないと呟いていた。


私は、大切な人と離れることに大きな恐怖を感じる。しょうもない男とのたった一度のことでも、あの瞬間の悲しみはいまだ私を硬直させる。
なんて弱い人間……。
越野さんの周囲には未知のものが多すぎて、それもおそらく足踏みの要因。


そんな狡い日々を、一日一日、私は、決して忘れることのないよう内包していく。
これが最後の恋であってもいいと、満たされもしながら。





越野さんの派遣の仕事は延長されることはなかった。

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