さざなみの声

3


 翌朝、自分のアパートで目覚めた。昨夜遅くシュウに車で送ってもらった。見た目には今までと何も変わらない平日の忙しい朝。

 籍は入れたけれどもシンガポールに発つまでは別居結婚になる。部屋の荷物も整理しなければならないし最後に任された仕事も一日も早く仕上げなければ。

 早めに会社に着いて仕事を始めていると副社長が出社して来られた。

「おはようございます。今よろしいでしょうか?」

「おはよう。寧々さん何かあったのかしら?」

「実は昨日入籍しました。そのご報告をと思いまして」

「そう、おめでとう。ご両親も許してくださったのね」

「はい。土曜日に二人で名古屋の実家へ行って泊まって来ました」

「それは良かったわ。でもご両親お寂しいでしょうね」

「親不孝ですよね」

「両家のご両親は出発まで会う機会もないのかしらね」

「シュウが来月半ばにシンガポールに十日ほど行くので予定が立てられないのが正直なところなんです」

「そう。せめて両家の家族でお食事会でも出来るといいわね」

「はい。二月の末、出発する前に時間が取れればいいんですけど。まだ、お互い部屋の片付けも出来ないくらいなので」

「そうね。あまりに急なお話だったものね」

「本当にすみません。ご迷惑掛けて」

「迷惑なんて思ってないわよ。寧々さんが幸せになる事が一番大切だから」

「ありがとうございます。では仕事に戻らせていただきます」

「はい。宜しくね」

 会社に居る間は最後の仕事を全力で進める。多少の残業は仕方ない。

 アパートに帰ると荷物の整理。冬物でも今年は着ていない物、でも年齢に関係なく何時でも着られそうな物は荷造りして実家に送る。今は重い荷物を持って行かなくても宅配業者が取りに来てくれる。この夏着る予定の物は大きなトランクに詰めていく。そうじゃない物は思い切って処分する。資源ゴミとして出す。洋服だけでもかなりの量が、この狭いアパートの部屋に納まっていた。

 一枚一枚の洋服にも、それぞれ思い入れがある。欲しくて何度もショップに通って、ある日セールになっていて買えた時には、やっぱり私の所に来る運命なんだと思えた。

 次から次へと目まぐるしく変化する流行。それでも変わらない好きな物は確かにある。短いサイクルで変化する流行にも負けない服を作る。それが夢だった。フォーマルドレスを作る事で夢は叶った。お気に入りの洋服たちを片付けながら、そんな事を考えていた。

 昼は仕事、夜は部屋の片付けで、あっという間の一週間。土日は二人とも休みなのでシュウのマンションへ手伝いに行く。食料品も買い込んで二人で料理も作って本当に週末婚。そんな週末を二週過ごしてシュウのシンガポールへ発つ日が決まった。二月十日に発って十八日には帰国予定。この二日とも平日なので、お見送りも出迎えにも行けない。

「いいよ。寧々だって仕事だろう。仕事の引き継ぎと寧々と住むマンションも見てくる予定だから楽しみにしてて」
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