さざなみの声

4


 そしてシュウがシンガポールへ発つ十日に私の最後の仕事が完成した。

「こんな短期間で素敵なドレスを仕上げてくれたわね。寧々さん素晴らしいわ。本当にありがとう。これで仕事納めよ。明日から出社しなくていいのよ。有給休暇が丸々残ってるから全部使ってもらうわよ。部屋の片付け、まだ残っているんでしょう?」

「はい。でもいいんでしょうか?」

「当然の権利なんだから堂々と休んでね。それと明日、寧々さんの送別会をしようと思うんだけど。みんな寧々さんの仕事が仕上がるのを待っていたのよ」

 翌日、会社の近くの副社長のお友達の店でデザイン室全員と他有志で心のこもった送別会をしてくれた。

 二年と七ヶ月。夢だったデザイナーとして仕事が出来た事を心から感謝している。願い続ければ夢はいつか叶う事を教えてくれた。

 何があっても諦めない人生を歩いて行こう。これからはシュウと二人で……。



 翌日から本格的に引っ越し準備を始めた。シュウの居ない間に私の部屋は片付け終えてしまいたかったから。

 夜になるとシュウからメールが届く。シンガポールの綺麗な街の風景付きの写メールが。私も来月には、この風景の中に居るんだと改めて思った。常夏のシンガポールと真冬の日本。一時間の時差はあっても今この時、同じように時間が流れているのが信じられない。この地球上で、それほど遠くないはずの国なのにと思うと不思議だった。

 毎晩来る写メールが楽しみになっていた。携帯で繋がっている。気持ちはもっと繋がっているんだと思う。二人で生活するマンションの外観と部屋の中の写真も送ってくれた。

『きっと気に入ると思うよ』と。



 そしてシュウの帰国の日。

「そのまま会社に行くから出迎えはいいよ。寧々の部屋へ帰るから食事の支度をして待っていてもらえると嬉しいな」

 何を作ろうかと考えて日本は寒いからお鍋に決めた。シュウは珍しく七時過ぎには帰って来た。二人で鍋料理を美味しく食べて、その夜はゆっくり過ごした。

「次は二十八日に出社して三月三日にシンガポールに発つよ。明日から休みをもらったから、ここもマンションも片付けないとな」

「決まったんだ。三月三日なのね。パスポートもビザも間に合って本当に良かった」

「うん。ごめんな。忙しい思いをさせて」

「ううん。そんなことないから。私シュウの奥さんでしょう?」

「そうだった。ところで寧々のご両親と家の親や兄貴夫婦を一度きちんと会わせたいと思っているんだけど、名古屋から来てもらうこと出来るかな? どう思う?」

「大丈夫だと思う。この前帰った時、日曜日なら手伝いに行けるって父も言ってくれたし母も私たちがシンガポールに発つまで予定は入れないって言ってた」

「日曜日なら二十七日はどうかな? あさっては急だし片付けもしたいしな」

「じゃあ、明日電話してみる。シュウのご家族はどうかしら」

「家も僕たちが発つまでは空けて置いてくれるって言ってたけど」

「場所はどこにする?」

「そうだな。どこかのホテルのレストランでもいいけど……。もう少し落ち着いて食事の出来るところがあればいいんだけど」

「それなら家の会社の近くで副社長のお友達がレストランをしてるの。この前、送別会をしてもらったんだけど落ち着いてゆっくり食事出来るわ」

「じゃあ、それも明日聞いてみてくれる?」

「分かった」
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