さざなみの声


 その日は、どういう訳か、その後もワンピースばかりが売れた。春だからそろそろ夏物を揃える気分なのは良く分かる。でも午後からだけで十四着も売れるなんて奇跡に近い。

「こんな事もあるのね」
 店長も不思議そうだった。

 シュウの彼女が幸運の女神だったのかな。彼にとっても幸運の女神だったらいいのに。素直にそう思った。決して負け惜しみではなく。

「寧々ちゃん、もういいわよ。お疲れさま」

「はい。じゃあ失礼します。お疲れさまでした」

 店長はきょう売れた分の補充の注文などがあるんだろう。閉店後にも仕事はいくらでもある。商品の配置換えや新商品のディスプレイなど。

 着替えて外に出ると歩道の端に誰かが立っている。お店の照明は、もう落としてあったからよく見えない。誰かと待ち合わせなんだろうと歩き出すと

「寧々」
 声を掛けられた。振り向くとシュウが近付いて来る。

「少し話せないかな?」

「先程お買い上げの商品に何か不備がございましたか?」

「そうじゃないよ」

「彼女は? 何処かに放ったらかし?」

「もう家に送って行ったよ」

「こんなに早く? 深窓の令嬢って訳?」

「きょうが初デートなんだ」

「へぇ、初デートの彼女に五万もするワンピースを買ってあげるんだ。さすが一流商社マンは、する事が違うのね」

「まだ怒っているのか?」

「私が何を怒ってるって言うの?」

「あの日、行かなかったこと……」

「何の話? もう忘れたわ。そんな昔のこと」

「ずっと引っ掛かってたんだ。あの日のことが」

「今更言い訳聞いても何も変わらないわ」

「そうだな。僕が悪かった」

「二時間も待ったのよ。それでも来なかった。それで十分よ」

「あの日、母が倒れた」

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