さざなみの声


「あの彼と? やっと決まった訳ね。おめでとう」

「おめでたいかどうか、よく分からないけどね」

「仕事は?」

「続けるわよ」

「でしょうね。編集長、目指してるんだもんね」

「寧々は? 好きな人は居るって言ってたよね。続いてるの?」

「まあね」

「何、その気のない返事。デザイナーは諦めてないのよね」

「描いてはいるけど……」

「いるけど……何?」

「何でもない。それより仕事続ける事よく許してくれたわね」

「そうね。でも子供でも出来れば諦めて家庭に入るって高を括ってるんでしょう」

「みゆきの志をその程度にしか考えてないのよね。仕事がしたい女の気持ちなんて男は考えてもくれないのよ」

「シュウのこと?」

「どうしてそこにシュウが出てくる訳?」

「あの時、もうちょっとシュウが大人で包容力があったら。たとえば三年頑張って叶わなかったら結婚して家庭に入るとか待ってくれているっていう余裕を見せてくれてたら、今とは違う状況だったかもしれないのにね」

「さぁ、それはどうかな? ところで今の彼って公務員だったっけ?」

「うん。区役所の福祉課にいるわ」

「失業の心配もないし定時に帰って来られるってこと?」

「それが、そうでもないのよ。忙しいみたい。残業も多かったりするの」

「家事は? みゆき大丈夫なの?」

「出来る事は協力してもらうわよ。彼一人暮らしだし、そんなに苦にならないみたい」

「そうなんだ」

「お式は十月の日曜日なんだけど休める?」

「前もって頼めば大丈夫よ」

「良かった。招待状も送るから」

「うん。みゆき幸せになってね。仕事と結婚は両立出来るところを見せてくれたら、私も頑張れるかもしれないから」

「本当のこと言うと自信なかったりするけどね。頑張れるだけ頑張ってみるわ」
 そう言って、みゆきは笑ってたけど。

 その後も話すことには事欠かない。女のおしゃべりは止まるところを知らない。学生時代の思い出話から食べ物、化粧品に至るまで。でも、みゆきが結婚したら、そうもいかないんだろうなと、ちょっと寂しい気持ちになっていた。

 学生時代から、みゆきは何でも話してくれたし、私も、みゆきには何でも話せていた。

 その、みゆきにも私は啓祐のことは話していない。反対される事も良く分かっていた。自他共に認める潔癖症の私が、まさか不倫だなんて……。話せる訳がない。
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