さざなみの声


「もう一人の方は?」

「彼女は美大の学生だった。画家を目指していてね。バイトで時々、似顔絵を描いてる学生がいるだろう? 彼女もそうだった。時間潰しに描いてもらった。何故かその後も別の場所で描いているのを見かけてね。彼女、覚えていてくれたんだ。営業に行った先で門前払いを食わされて時間が空いていた。昼には遅かったが彼女もまだらしくて一緒に食事をしたんだ。彼女、画家になる夢を語るんだよ。新鮮でね。でも、お金は無くて。最初は食事を奢ってあげているだけだったんだ。可愛い子でね。小柄な体の何処にそんなパワーがあるのかと驚かされていただけだった。でもそのうち何とか力になれないかと。どうも私は健気に頑張っている女性を応援したくなる性質みたいでね」

「いえ。お気持ちは、とても良く分かります」

「啓祐君にも、そういう女性が居るとか?」

「えっ? そういう意味ではなくて……」

「分かってるよ。軽い冗談だよ」
 と義父は笑った。

「それで彼女、その後は?」

「大学を卒業すると先輩を頼ってフランスに行ったよ。バイトで旅費を貯めてね。援助させて欲しいと言ったら断られたよ」

「その後の消息は? まだフランスに居るんですか?」

「それが十年程前に偶然美術雑誌で見たんだが、彼女フランスで画家として成功していたらしい。向こうで結婚もしていたよ。ご主人も画家のようだった。日本人のご主人だったから、たぶん頼って行った先輩なんだと思う。美しさは変わっていなかったよ。良いご主人なんだろうね」

「そうですか。画家の夢も叶ったんですね。良かったです。お義父さんと付き合った女性は、みんな幸せになったんですね」

「そうだね。不幸になっていたら心残りなんだが」

「そうですね……」
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