さざなみの声

9


「寧々ちゃんを幸せにしてあげて」店長の言った言葉。

 もし何かあったら連絡をくれるように携帯の番号を教え合った。どうしたんだろう。一年前に再会した時、寧々は本当に綺麗になっていて付き合っている人が居るような口ぶりだった。幸せそうだった。輝いて見えた。

 もしも今、寧々が幸せではないのなら……。今更僕にそんな資格があるのだろうか。

 三年前のあの日、みゆきに
「本当にこのままでいいの? ちゃんと話し合わないと後悔するわよ」

 そう言われて日時も場所も、みゆきがセッティングしてくれた。僕は行くつもりでいた。これまでの事をきちんと寧々に謝ろうと思っていた。寧々の気持ちも考えずに自分の考えだけを押し付けて。それでも寧々は絶対に僕から離れて行かないという変な自信だけはあった。それは見事に打ち砕かれた。

 これからの僕たちの事を話し合おうと思っていた。結婚は少し延ばしても構わないから寧々の仕事をしたい気持ちを理解しようと思った。

 それがあの日、母が倒れた。僕は罰が当たったと思った。寧々を苦しめた報いなんだと。母の傍から離れる訳にもいかず約束の場所には行けなかった。これでもう二度と寧々には会えないと覚悟した。寧々とのことは学生時代の幸せな思い出にして心の中に仕舞った。

 一年間の闘病生活とリハビリを家族みんなで支えた。もしもあのまま付き合っていたら、結婚などしていたら寧々のことだ。きっと自分の事は差し置いて母を看病してくれていたと思う。そういう子だと分かっていた。だから寧々には何も言わずにそのまま別れた。それが寧々のためだと信じて疑わなかった。

 ところが僕は寧々を忘れることは出来なかった。寧々よりも良い子なんて、いくらでもいると思っていた。二年経っても誰とも付き合おうとも思えなかった。

 それがあの日……。別の子との初デートで寧々に再会した。そんなことがあるのかと不思議な気持ちだった。

 やっぱり寧々を忘れることは出来ない。僕にとって寧々を超える女性はどこを探してもいない。どこを探しても見付からなかった。正直な今の気持ちだ。それを嫌でも思い知らされた、この一年だった。
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