さざなみの声

5


 朝、目覚めてシャワーを浴びてリビングに行くと

「おはようございます」とペンションの奥さまの明るい声。

「おはようございます。あのう、昨夜のご夫婦は?」と尋ねると

「さっき、お立ちになられましたよ。次の宿泊先が少し遠いからと」

「そうですか」
 シャワー、後にすれば良かったと思った。

「そういえば、伝言を頼まれてました。『お幸せに』と奥さまからです」

「ありがとうございます」
 心がふんわりと温かくなった気がした。

「朝食の支度をしますね」と奥さまはキッチンへと消えて行った。

 朝食を済ませたら、もう一度、海を見に行こう。

 朝食はオーナーシェフの手作りパンが、たくさん並ぶ。食べ放題と言われても、そんなに食べられるものじゃないけれど。手作りジャムと近くの牧場から分けてもらう新鮮なバター。それとコーヒーにオレンジジュースだけでも充分なのに、ふわふわのスクランブルエッグ、シェフご自慢の手作りソーセージ。知り合いの農家から分けてもらうと言っていた無農薬野菜のサラダ。朝からとても贅沢している気分で美味しくいただいて大満足。

 朝食の後、潮の香りがする道を海まで、ゆっくり歩いた。今朝はとても良いお天気で空も海も眩しいほど輝いている。
 砂浜の岩に腰掛けて潮風に吹かれていると目の前に広がる景色が私のためだけに用意された壮大な絵画のよう。携帯に撮って記念にしようかとも思ったけれど、小さく切り取ってしまっては勿体無いと思った。
 心の中に、しっかり刻み付けておこう。

 青くどこまでも広がる空も、流れて行く真っ白な雲も、遠く水平線の向こうから寄せては返す波も、足元の砂浜も、きっと忘れない。
 私はここから新しい一歩を踏み出そう。私には私の歩くべき道が、どこかにある。もう後戻りはしない。思い出は心の一番奥に仕舞って……。

 ペンションのご夫妻に、お礼を言って私は海辺の町を後にした。
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