さざなみの声
母の想い


 初めての二人だけの二泊の旅行から帰ってシュウと寧々はすっかり以前の恋人らしさを取り戻していた。どこかしら遠慮のあった二人にとって名実共に結ばれたことは、やっぱり大きな変化だったのだろう。傍目にも見て取る事が出来る程の。

 特別暑かった夏も終わりを告げ、実りの秋がやっと来たようだった。休みのたびに会っていた二人は、これからの事を考え始めていた。

 前から言われていたシュウの家を訪ねる日が来た。寧々は正直少し緊張していた。シュウの家にお邪魔するのは久しぶり。学生の頃は時々伺っていたのだけれど、シュウと上手くいかなくなって来られるはずもなく四年半の月日が経っていた。車から降り家の前に立った寧々は懐かしさに涙ぐみそうになった。

 玄関に入ると迎えに出て来てくれたのはシュウの母親だった。

「おばさま、ご無沙汰してました。お体もう大丈夫なんですか?」

 車椅子だと聞いていたシュウの母は杖も持たず一人で歩いていた。

「寧々さん、本当に久しぶりね。とても会いたかったのよ。さあ上がって」

 ゆっくりだが確実に自分自身の足で歩くシュウの母。

「はい。お邪魔します」

 寧々は嬉しかった。この空間にまた来られて。家の中はシュウの言っていた通りバリアフリーに改造されていてリビングの片隅には車椅子も置いてあった。

「あれ、何か静かだね。兄さんたちは?」

「遅い夏休みで夏美さんの実家に出掛けたわ」

「そう。義姉さんも、たまには実家でゆっくりして貰いたいよね。今まで本当に母さんの事では、お世話になったから」

「本当にそうね」

「あぁ、これ寧々から。母さんの好きな和菓子」

「ありがとう。覚えててくれたの? 嬉しいわ。じゃあ、お茶を入れて来ようかしらね。ちょっと待っててね」

「私、手伝います」

「いいえ。これは私のリハビリでもあるのよ。寧々さんは座ってて」
 そう言って笑顔でキッチンの方へ歩いて行った。

「大丈夫だよ。もうほとんどの事は自分で出来るみたいだから」

「そう。でもここまで来るのは大変だったんでしょうね」

「母さん、ああ見えて結構根性あるんだよ」

 シュウは笑っていた。

 人間の快復力、蘇生する力、必ず治してみせるという強い意志を持って臨めば、どんな病気もケガも治せるのだという証明を見せられた。きっとここまでの道程は辛く苦しいものだったのだろう。

 誰もが本来、蘇る力を備えて生まれて来るのだと思う。生まれつき身につけている、自然に持っているものなのだと。その力を出せるか出せないのかは心の強さと弱い自分に負けない固い意志を持てるかどうかで決まる気がした。
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