さざなみの声


 その夜、私はシュウにメールを入れた。

『大切なお話があります。何時になっても構わないからアパートに寄ってください。ずっと待ってます』

 私は仕事を八時には切り上げてアパートに帰っていた。食事を済ませて、お風呂にも急いで入った。既に時計は十時を過ぎていた。携帯にシュウからのメールはない。携帯を見る時間もないのかな。待ちながら眠気に襲われる。もう体が就寝モードに入っている。十一時を過ぎて玄関のチャイムが鳴った。

「あぁ、僕、シュウだけど」

 カギを外してドアを開けた。二日前に会ったばかりだというのに何故だか、ものすごく久しぶりに顔を見るような気がしていた。

「入って。ごめんね。忙しいのに」

「ごめん。メール車に乗ってから気が付いて。返事してるより来た方が早いと思ったから。何かあったのか?」

「うん。あぁ、シュウ食事は?」

「会社で、お弁当食べたよ」

「じゃあ、コーヒー入れようか?」

「うん。そうだな。飲みたい」

 私はドキドキしながらキッチンに立ってコーヒーを入れた。フィルターから落ちるブラックコーヒーを見詰めながら何て切り出そうか……。シュウが喜んでくれるのだろうか……。湯気とまろやかな香りが私の気持ちをゆったりと落ち着かせてくれた。お気に入りのカップに注いで

「はい」
 シュウの前にコーヒーカップを置く。

「ありがとう」
 ゆっくりとした仕草でコーヒーをひと口飲んだ。

「シュウ……」
 ちゃんと言わなきゃ……。

「うん? 何?」
 じっと私の目を見詰めてる。

「私、シュウと一緒にシンガポールへ行っちゃいけない?」

「今、何て言った? 一緒にシンガポールへ行くとか何とか……」

「私も連れてって。シュウと一緒に居たいの」

「でも仕事は? 辞められるのか?」

「きょう副社長に話したの。行くべきだって背中を押してくれたのよ」

「本当に? 寧々、一緒に行ってくれるのか?」

「シュウが迷惑じゃなければ……」
 何だか泣きそうだった。

「誰がいつ迷惑だって言った?」

「だってシュウ勝手に一人で行くって決めちゃってたから。私には何にも相談してくれなかったし……」

「ごめん。急な話で仕事を辞めてくれって言えなかったんだ。寧々がどんなに今の仕事に懸けてるのかも良く知ってたから……」

「私を置いて行くつもりだったんでしょう? 寂しかったんだからね。昨夜も一昨日もぜんぜん眠れなかったんだから……」
 涙が零れた。何で泣いてるんだろう。自分でも分からない。睡眠不足がピークに達していて感情をコントロール出来ない。

「バカだなぁ。泣くことないだろう……寧々」

 いつの間に? シュウは私のとなりに居て抱きしめてくれていた。

「寧々、一緒に行こう。シンガポールへ」
 私を抱きしめて髪を撫でてくれているシュウ。
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